おばけでもいい

おばけでいいからはやくきて
NHKみんなのうた
何回聞いてもおかしくて今年1笑った、ってまだ2月だけれど
歌は悲哀のこもったものなのだけれど、何たってアニメーションが面白い
劇画チックになったり少女漫画っぽくなっては激しいのなんの
今まで飼ってきた歴代のハムスター、プップル、めくてちゅ、じゅじゅ
擬人化したら確かにこんな感じ
飼い主の目から見たらするわけない?後悔やら悲しいんだり、喜んだりを
散々やってのけてる、可愛いの極み。
回し車?回しすぎて飛んでくとかよく見る光景

こいう気分って子供の頃、迷子ではないけれど親の帰りを待つ留守番の時
味わったもので
おばけの正体がまた一番の天敵みたいな存在だから
どんだけ悲しみのどん底なんだか。
おばけでいいから早くなんて、
この状況から救い出す相手はおばけでも構わない
究極です。
大人にも十分通用する後悔の歌で。

ただ、大人になってあちら側に行く人がだんだん増えてくると
ほんとうにおばけが怖くはなくなるのですが。

みんなのうたの「天まで飛ばそ」がしんみりしてしまうが深くて良い。
こんなシュチュエーションあるものね、もう泣き笑いですわ。
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自由猫

猫は何かインプットでもされているのだろうか
仔猫時代
飼ってくれそうなうちを探す物件巡りをする、
親猫がいないことに気がついて諦めた時に
仕方なく物件探し。

「人」と猫とは何色かは知らないが運命の糸で繋がってるのではないかと思う。
その糸を「人」の方が自ら切ってしまうことはあっても
猫のほうは切らない
ノラが多かった昔、うちにも猫さんのお訪ねが何度かあった

いつの間にか家の中に居るという、迷い込み「にゃあにゃあ」
お願いでもしてるかのよう

野生なのに人という生き物が(人を見極めて)存外怖くないのは猫だけと思う、
最初から猫には人が何とかしてくれるというインプットでもあるのかと
きっと猫と人の長い歴史でのDNA
生まれ出でたと思ったら自ら訪ねきて寄りそおうとする
このコミュニケーション能力は見習わねばならぬものがある
人だけに限らず異種に働きかける猫は
生きることにも長けている。
自由(ノラ)猫が居なくなれば物件探しのお訪ねもなくなり、、寂しいような気もする

娘の住むアパートから一歩も出なくなった「にゃ」さんは
どう見積もっても悲しげである。



司会がひどい

今の司会者は腕がないのでしょうか
ゲストに笑いや落ちを求める

昔の格上は殆どの芸能人がおしゃべりが下手な人が多く
歌手、俳優はアクターなのだから面白い話をする必要がなかった
今は、ネタ持って出演しないと司会者がぶーたれる、
何せ司会が◯◯下手だからだ。
昔は、うまい司会者がいて気取った「スター」と言われた人たちから
ユーモアみたいなものを引き出した、なにせその時見せるギャップが良かった
笑かそうと構えた人の笑いくらい面白くないものはない
それより自然に出た演出なしの笑えることを芸能人が言ったりしたりした時
ほんとうにおかしかったりする

今の司会者はお笑いをベルトコンベアーにポンポン、
殆どが同じ形で聞いたことが何度もあるような笑いの十円まんじゅうみたい、
十円まんじゅうの方がずっとうまいけれど。

中韓様がおっしゃるのでしたら

世の中の価値を認めるのは国民
ここのところぴょんちゃんオリンピックで気味が悪い番組目白押し

北朝鮮に対して甘いのなんの
つい最近までミサイル飛ばしてた国ですよ
打ち上げ花火の巨大版くらいの認識しかなかったのかなと疑う。
番組も殆どの局NHKまでもが「韓国が良いのなら、北を受け入れますわー❤️」みたいな
知性のない対応。

また、北の国際ルール違反、と正しい批判してるのが唯一のトランプさんだもんで説得力無し。
セクハラMeTooムーブメントもトランプさんに対しての
アレルギーが全く関係がないとは思えない、すごい男尊女卑を意識させる人だから。

いろんなことが複雑に絡み合って足を引っ張ったり誉め殺しにも似たような変に贔屓だったり
(見てる方は本気で褒めてるかどうか混乱して見てるから歪曲するし)
マナーの悪い中国も絡んでしかも意見が大声で通りやすい
民主主義ではない国が世界の中心部にいて目立ってることが一番の問題。

相撲界でもフィギアスケート界でもエトセトラとテレビが公然と魔女狩りを行なって
有名小説「わたしを離さないで」の世界に紛れ込んで見ているような
せめてもの理想を実現し損ねたかけ離れた恐怖の世界を展開していたが
今進みつつある世界とあまり変わりがないような。

ドラマ「我が家の問題」がぜんぜん笑えない
男で、年配で、信じやすいと、みんなが陥入りそうな
そして大真面目と言う恐怖。

なんとなくやりずらいことの積み重ね

そんなに大量には要らないという、アパート暮らしで気がついたこと
野菜の入ってる袋の不便、

スーパーで八百屋で、道の駅で野菜を買ったりするけれど
野菜の包まれてるパラフィンみたいな素材は
パリパリするもので巻物のように巻いてあり
最後そこを留めるためにセロテープで止めてある、露打ってるとなおのこと
開けにくい。
そして取り出したあと二倍とかにポン!と膨れる出る詰まった野菜達
出てこない、出しにくい
水気の多い野菜と袋は摩擦が強い、出し過ぎを戻そうとすると金輪際袋に戻ろうとはしない
野菜達が全部「使って」と出たがっているような。
そんなに大量に使わないし、保管場所も限られてるアパート住まいちょっと入れ方が
おかしくなるともう満員御礼、入れ込む隙間さえも見つからない。

大体全部がそんな感じなので台所ではちょこちょこストレスを感じてる
あとトレイから出すお魚、お肉とかのラップやら、ドリップ
なかなかラップが取れないタイプのものを開ける時は
トレイの上掛けのラップ部分を包丁でスーッと切ることがある
その前の開くか開かないか「しばしの格闘」が要らない時間
もっと使いやすいように包装の仕方工夫したらいいのに。

長ネギ、ごぼう、セロリ長いままなのも運ぶ時に飛び出すとか
少ない買い物では袋自体不安定になって入れ方で「しばしの格闘」
人参とか3本も要らない1本で良いとか探す時があるくらい、

取り出す、仕まう、保管する、捨てる、の不便さ
小包装をやめるとか?難しそう
画期的な改革したらば野菜も買う人がどんどん増えるかも

そして、このしばしの思案と格闘がなければ調理のストレスがずいぶん減るのに
調理台が一杯になるので、片付けつつの調理にも相当トレイが頻繁に登場
料理の手際からしたらロスが多すぎるように思う。
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CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
196()年生まれの
9月後半








人と同居しているのは

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