わかって読んでなかった「地球へ」


ダンボールから取り出した本、一箱分のうちからピックアップ。
まだまだ荷造りを解いていない本がすごいから2階に読書部屋でも設けようかと
地球(テラ)へを読み直してみた。
これは大人の漫画、今の(年齢もあるのかな)精神性で読むと号泣、どころではなかった。
胸に迫る、胸が苦しくなるほどの、、
今、まさに地球はこんな状態に陥る、場面に有る。
このまま行ったらこの世界観と似たような状況になる。
本当に預言書のような漫画。

ラストが凄かった、この選択肢確かに今の人間達がしそううな。
これは、漫画愛読者の話題性があった後に、
TVアニメになったのだがポピュラーに放映されたところで
この漫画そのもののイメージ通り作られていたのだろうか。
難しい小説クラスの漫画
TVアニメあまり印象に残ってない、この漫画が凄すぎる、、、
そして今の気分的にも、何故この本にたどり着いたのかとか、
心も霞んでた地震以前のあの地では感じ取れなかった。
今住んでる目の前の地の道路をよく未来化して想像してしまう、田舎なのに。
前読んだとき、これをよくわかって読んでいたら痛く心傷ついていたろうとも思えるのだが。
ラストシーン、魂の、、感涙
また泣きすぎてしまった。



有吉佐和子を取り寄せる勢いで読みまくった名残。
女性心理という部分ではこの方が随一な、と思う、個人意見ですが。
男性作家がいくら逆立ちしても、女性心理や女の世界は想像の域を出てない。
スポンサーサイト

感謝とかの精神性

まだコンテナの中に荷物がたくさん有る、少しずつ取りだし整理。
スーファミ、ゲームソフトもいっぱい。
ゼルダ、クロノトリガー、ニックネームがボボーン&プップルだったかな。
原人、星のカービーDX、「足の臭いが3ポイント上がった」←(良くなってない)とか
可笑しかった。
色々出てくる。
未来都市といえば竹宮恵子の(テラ)地球へ、この人が描く作品が一番リアリティを感じる
あの障害のある人達を亡き者にしようとした現代人の病巣
環境汚染、テレパシー、精神面の病理、進化に伴っての倫理観の崩壊、管理システム。
この漫画の変な生き物、なきネズミとか、夢にあらわれたのだそう、予知夢か。
以前から、ミュウ(新人種)ESP ストーリーや言いたいこと、難しいなァと思って読んでいたが
今になってようやく全体像がつかめた(笑)弱年で読むと繊細な人には厳しい内容かもしれない。
TVアニメになって放映されていたが、やはり原作、漫画の方が
顔も(説得に用す)枚数も適切なような、TVアニメは音楽も台詞も何か違うと思った。
難しいだけに失敗したらダサい作品になりかねない、1977では時代が合わなくなってるから
手直ししてもう一度作り直したら良いのに、絶対に最高のアニメになる。

他は何たって「あるヨギの自叙伝」を探してた。
「有ったー」と歓喜の叫び。

日本人の中の無宗教派
お墓で、檀家で、何々宗派とかに分けられてるだけで
「特段宗教はやってません」派←と括ることにして書くと

日本人は日本に生まれただけで何がしかの精神性が培われるのだと思う。
大袈裟にいえば日本の国土自体が宗教の修行僧みたいに生きざるを得ない、
自らでなくとも、悪いことをしても、狭いから見つかりやすいという
地理的要素も有るのだけれど。
日本は自由を謳歌しようとすれば息苦しいのだ、すぐにはみ出してしまうから。
それでも内省を繰り返したがる日本人は自分を律して
己を振り返る。
何も言われずとも元旦に、それ以外でも神社に行き精神面のリセット初心にもどる等をしたりも。

何もしないものもいるけれど(笑)
もう生まれ変わりたくないと思うほどにきついのだが
日本に生まれただけで何か有るのだからと思うのといや嫌いじゃない日本、むしろ良い。
日本は窮屈ながらも
国レベルが高いと思う、タガの外れた国々がどうなっているかを見れば
やはり世界に例のない天皇制、日本人の精神性はこれにつきると思う。
「良いように変わる」が、希望。

読んだことがない衝撃

今頃、沼田まほかるの「アミダサマ」を読了。


しかし今回の、アミダサマ

自分が思った感じたことと重なることが余りに近況、この時期に読んだと言うことにも
一人驚きつつ。これは自分自身にしかわからない感想だとは思うが。
これは宗教色の強い物語であるし、ある意味あの世の一歩手前現実離れ甚だしい
恐怖とも言える小説なのに。

この小説一冊分の中で何故自分にだけ度重なる大いなる偶然の一致で
(間違いないと)勘違いを起こさせるのかと訝るほど。
それによってもうひとつには、霊的存在を信じさせるのだが、いたずらな霊なのか精霊なのか。
この小説の言う、この世で起こる目の前の現象が妄想のひとつであるとか
はたまた時空の歪みとか言うものであろうと、
今の自分にとっては現実であって。

小説の内容、律子の存在が余りに憐れに感じた、
この人の価値観は今のこの世の中では哀れ以上の何物でもないのでしょうが
このように頭が怪しかろうが心根の美しい人は坂下という男の人がする扱われようが一番正当だ
と思った、坂下より暴力的な悠人という男を母性の塊のようなかたちで愛する律子。
魂としては神々しささえ感じてしまった。

入り込んで書いてあると思った。
そうでなければこんなリアルな描写は書けないと思った、凄みとかそんな生易しい表現ではなく
小説の中、ここに居て、作中の人となって書いているという感じ。
浄鑑同様全身全霊で書かれてる様を感じて。
映画でだってこんなにおどろおどろしい描写も微細な感情表現も見たことが無いから。
僧侶浄鑑(じょうがん)の祈祷場面(行者が行うような念のようなものは使わない主義)
ただひたすら南無阿弥陀仏
とか現実離れした状況で母親を失う際の内面描写とか体験しないで
普通擬似体験しなければ書けそうに無い、しかも非現実的な小説なのに
なのに、なのにと書かなければならないほど。
ネタバレ
ミハルの体験した深淵なる恐怖、不安、怒りの感情などが、後に受けとる愛で安定していこうにも
(カアサン)本当の母ではない、の死によってそれらの情念が再燃してしまう。
浄鑑は祈祷によって守り、
もはや妖怪然とした(最愛の母をも自らの手で)結果二人とも亡くす、こんな悲しい話があろうか。
作中ほとんんどの人物に究極の愛の示しかたを感じた。
最後のページですこし混乱してしまった
亡くなったミハルは悠人と律子の子として、今から生まれるのか
何か厳しそうな始まりのようでコエがなくミミ(聞こえるはずない呼び声を聞く)のもち主悠人、
無間地獄という言葉を思い起こした。


男尊女卑の世の中でなければ沼田まほかるの作品はもっと高く評価されて良いと思う。
まず、男性が理解(女性目線でなければわかり得ない)できないから。
映画化なんて絶対に無理、映画監督が怪我をするだけ。
劇画的な作品なら感性の合う人が。

これで未読の作品「ユリゴコロ」のみとなった、すこし寂しい。
これだけの闇を分析出来てる作家、これからの世が救われるような気がするから
これからの糧でもあるし現代を生きる人間を知る指南本にもなるようで。

最高に気になる作家

安静にとなると読書。
沼田まほかるの「猫鳴り」で号泣したのからしばし経って
書店でその名を見つけたので
全てを買ってそのうちの「彼女がその名を知らない鳥たち」
を読んだ。
読んでどうだったかって今回さらにすごかった。

この人の本を読むには体力いる。、覚悟も、
だんだん淫靡な内容にもなっていって
後半で全ての感情が総動員で揺り動かされるから。
泣いたなんてものじゃない、おいおいと泣いたのだから。

ここからはネタバレ
主人公の十和子に過去のトラウマとかが無かったら
もっと陣治を内面から愛することができたのではないか
半ば狂って生きてる十和子。
陣治とちがう、クズのような男たちの快楽と金への執着にくらべ、
世間の男たちが良く言う、「お産を見たら女じゃなく母親としか見れない」とか言うが
それと違うことを言う陣治「俺を産んでくれ十和子…」

生命の神秘なのだから、性の捕らえ方がそもそも日本人はおかしい、
男ならお産見たら余計に燃えろよ、と、これは私の意見
泣かずして読むなど無理。

これぞ、うそ偽りのない女性の立場、性的弱者、
欲望が勝てば狂ってると思われてもそれを求めるという人間の奥底に潜む部分本能のような
もの、普段理性がコントロールしている、を壊して侵入して来るクズで自己中な人間たち
霊的繋がりの生まれ変わりまで書かれていたが
ミステリーというか文学と思うし女性作家では一番惹かれる作家だ。
映画になっているようだが、私のイメージでは十和子はキャスティングが難しい
個人的にイメージは違ったが
思い込みが激しいが知的でもある十和子演技力からしてあのキャスティングでしょう
次を読むのは少し間を置こうとは思う

世の中ヒーロー不在なうえに対峙する悪役だらけ

まあ、何気なくNHKのおとなの基礎英語見てた。
したらば丸メガネの女の子が(現代の)日本人の代表のように振る舞ってる。

シェアハウスに呼ばれアメリカ人との共同生活が始まるシーン

この日本人の子は初めからまるで人のうちに来たと言う緊張感がない。
部屋中に洗濯物を干して「なんの儀式」かと叱られ。
トイレとバスが一体になってる浴槽にいつまでも浸かってはトイレを我慢させる
日本でだって御法度の
冷蔵庫内の他人のネーム入り食品を勝手に使う、食べるなど。
最初なんぞ、部屋に上がるなら、靴を脱いでって言われてた。
いつからアメリカは日本式になった?
挙句プリーズ、プリーズを連発する不快感、謝ったら負けな国ですよそこは。

郷に入れば郷に従えそれはわかる、
これが、日本人なら相手に恥をかかさぬように初めに注意事項を告げる、
初めに説明がないのは呼んだアメリカ側の不親切

何せ、謝り方が頂けない。

スタジオの言い分によれば「正座で」とか言ってたが
あれはまさしく土下座である。
なんで日本人がよりによってアメリカで土下座なんぞしよるのか。
しかも強調する為、ソファーに座ったアメリカ人は相当大きい体格(BIG)なのもさることながら
カメラのアングルが相当に上から目線。
日本人は小さく小さく、ありん子同等、地べた目線。

人種の坩堝、国際色豊かなご時世、NHKはこのドラマを撮りつつ溜飲を下げてる
二世三世でも居るのかという作り、韓国人に対する日本人のよう。
土下座なんぞするものじゃないあれは細かなきびのわかる日本人同士でするものであり
今や、笑いのネタでしか使えない。
他国ですればやった方にしこりしか残さない代物

米原万里の「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」って本を読んだのだけど

作者本人も共産党員の父の影響下から共産圏の学校へ通い
大人になってからの三人のともだちの行方を追っての物語
客観的に描かれて悲喜こもごもではあるがとても面白く読めた。
少なくともいじめの観点から見たら日本より
その当時はプラハの学校の方がまだ救われると思いつつ、
それぞれの共産圏から来た子供達が自国を説明する際でも、
どの子の発表を聞いても自国への愛国心の強さがあるという点で「ああ、やはりそうなのか」
と、思った。

内容によれば、抑制が効かないリーダーや
贅沢の限りを尽くすトップたちの暴走、
欲望有る限り(人間である限り)
決してうまく行く理想的でない政治思想ということがわかるし、
最後は結局行きずまりうやむやに存在、現在に至っている。
その生まれつきの運命のような政党主義主張の中で育って行く
三人の魅力ある友人たちがそれに巻き込まれながらも
波乱に満ちてはいるものの活き活きと描かれている。

世界に散らばる抑制の効かない国々のリーダーたちが
日本の昔のヒーローアニメの悪の組織のリーダーに見えて仕方がない。
ミサイル発射をまるで花火の打ち上げのように微笑んで見ているとか、
死後の世界を歪曲しそれを信じた爆破テロの犯人たち。
よくよく考えたら普通は笑えない、自殺行為でしかないのだから。
大気圏は世界中仕切りのないお庭、
ミサイル発射は世界の歯車を部分部分破壊するようなもの、いつかは壊れる。
国々は分かれてるけれどそれは人がしたことであって
もともと一個。


プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
196()年生まれの
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







人と同居しているのは

サバ虎の
ねこ




まざーぐーす
だんだんばかに
なってゆく
に抗うべく
文章作成







日常のグダグダを
まとめ整理する
のーと

そして
まとまらないという

最近の記事
最近のトラックバック
カテゴリー
カレンダー
03 | 2019/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
リンク
月別アーカイブ
ブログ内検索
RSSフィード