セーラー服は骨格を選ぶスタイル

小さい頃のトラウマ
あれは忘れられない思い出、
廊下の延長線奥に控えてる母の嫁入り道具の「鏡台」にまつわるお話。
スカート履いてワンストロークするにはもってこいの位置。

そこで恐る恐る履いて見たのはお初のセーラー服。
私的にもこのタイプのスカートは、なで肩タイプにちょうどよく似合いそうで
いかり肩ではないけれど肩パットなしでちょうど良い私には似合わないの極致だ、
と思いつつ見ていたのに後ろからの追い打ち

「○(←名前)はスカート似合わんねー」誰あろう母である。
いや、このセーラータイプが似合わないだけで普通のスカートは大丈夫なはず
心ではそう思っていたのに、まるでスカート全般が似合わないみたいな、
断然としたそしてとても残念そうな口調が何をか言わんや。



確かに毛量多く癖っ毛の私はショートヘアが定番スタイルでそれもセーラーには少し
バランスが合わない。

果たして翌日のセーラー服初日の日、下駄箱で
最近聞いたばかりの空耳アワー
「○(←苗字の呼び捨て)はスカート似合わんねー」バカ男子である、嘲笑の響き有る。
スカート嫌いにするのは誰あろう本人では無い、外野です。
一人は哀れみ、一人は嘲り。
思ったことを正直に言う必要ある?
一番気がついてる(そして傷ついてる)のは本人ですがな。
後三年もあるんだから。
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司会がひどい

今の司会者は腕がないのでしょうか
ゲストに笑いや落ちを求める

昔の格上は殆どの芸能人がおしゃべりが下手な人が多く
歌手、俳優はアクターなのだから面白い話をする必要がなかった
今は、ネタ持って出演しないと司会者がぶーたれる、
何せ司会が◯◯下手だからだ。
昔は、うまい司会者がいて気取った「スター」と言われた人たちから
ユーモアみたいなものを引き出した、なにせその時見せるギャップが良かった
笑かそうと構えた人の笑いくらい面白くないものはない
それより自然に出た演出なしの笑えることを芸能人が言ったりしたりした時
ほんとうにおかしかったりする

今の司会者はお笑いをベルトコンベアーにポンポン、
殆どが同じ形で聞いたことが何度もあるような笑いの十円まんじゅうみたい、
十円まんじゅうの方がずっとうまいけれど。

図太い性格と繊細さはどう折り合いをつければ良いのか

子供時分の回想


「お母さんがいないよう」
「怖いよ」一人で留守番
お姉ちゃんの帰りが遅い、テレビでは交通事故の番組
今日はなんだか心細さが半端ではなく
涙が溢れてきた
暗い部屋、灯りをつけても自分のその存在がはっきりするようで逆に怖い
電気をつけて、辺りを見回して、カレンダーと目が合う、その有名な絵画

これを一体何日繰り返してきたことか
小学生の身では永遠に続きそうに思えて
思えば保育園も母が最後に迎えにきていた
5時過ぎだけれど、残業で遅いのか構造改善とか言う事務所の事務員

あの頃の言うなれば共稼ぎの鍵っ子
学童保育なんてなかったから「一人」を不本意ながらも満喫
環境に慣れるようにいつしか一人に慣れてしまう部分もあって
友達が煩わしいと思ったこともあった。

自分のような育ち方、大人になったらトラウマも抱えるし
本人にとっても良くないと、
子育てに関して相当に配慮したつもりだったのに

だけれど子供は私の育つ過程を経験してはいないので
想像の域を出ない。
今度は知りもしない別の子育て弊害に頭を悩ます。
少し、甘やかしたりしてるのが今の親の大半だろう
自分の時の反動で、
「それが当たり前」で育つ、言い継がれてきた言葉と思う。
結婚とは元他人との婚姻でもあるわけで私と性格が正反対とするなら
感じ方から何から何まで未知の世界

どこで傷つくのか、はたまた感謝と理解するのか
許容範囲のようなものが子育てには重要になってくる
こちらと同じように感受性を共有出来なければ
してあげたつもりのことをも当たり前で育ってしまう。
必死で教え込んだつもりでも、周囲に溶け込んで同じ
「お母さんはひどい」とよっぽどひどいセリフを吐くのでしょう。
私もそうだったように。

子育てしてみて初めて気がつく、同じ経験をして初めて気がつくから
人は子育ての期間が長いことからも
育てる方も育つ方も動物でさえ持つ自然に備わったはずの
恩義のような感情がわからなくなるのだと思う。

心が動くものと動かないもの

映画「ラブ&ピース」
はじめはいつ見るのをやめようかと思ってたけど
なぜなら主人公が変すぎるから、
でもサンタの格好した
(西田敏行)おじいさんが出てきたくだりから
メルヘンタッチになり、ちょっと映画にひかれはじめた
それに伴って映画「…のチョコレート工場」を思い出したのだけど。

そこは、捨てられたペットたちやらお人形に、ぬいぐるみの墓場みたいな所?

主人公が飼ってた
小さなミドリガメが飼い主の願いを叶える度に大きくなってしまう、

ペットを飼って最後の別れを経験した人なら何度もそういう気分になるのだけれど。
互いの信頼関係みたいなものがずーっと底辺に流れていて
久しぶりに心が傷つくんじゃないかというくらい泣いた
悪いラストじゃなかったことに救われた格好だった。



今のお笑いのノリが主流の芸能界が嫌だ
綺麗なことが売りの女性が出ると
ことのほか褒めめちぎり、女芸人やらブサイクが売りだと司会者が貶しまくる
単純極まりないマニュアル司会言葉遣いも悪すぎる。

ばかやろうこのやろうを連発する大御所の誰かを連想させる
芸風を真似したようなおじいさんがタクシーで暴れて捕まった。
わらえないからすごい悪影響、この前もザ漫才かなんかで
太田&田中のネタ、不愉快な上、日本に恨みでもあるのかと言う感じがしてすぐ
テレビを消し。

大御所がいうと物事の判定がひっくり返るのにも不安を感じる。
少しお笑い芸人が幅をきかせすぎて世の中がかなりおかしくなってきてる気がする。

これをジャニーズの人が真似ると事故になる、だけど誰も責めない。

夢うつつ

今朝は、恐ろしい夢で目が覚めた。
福岡の警察官による殺人事件の…実は、と言う夢で。

事の真相は現時点で書きらかになっている事と違っていたという夢で
あくまで、夢だから、いいのだけれど。
でも、心で思いもしない、考えもしなかったそんな夢をなぜ見たんだろう。
良く夢は深層心理が現れるとかよく言うのに。


やはり北朝鮮は一番の脅威の国には手出しができないようで
「日本が嫌な事するから」と放言して、世界中に既成事実を作って
日本への攻撃を、正当化しようとしてる。

この唯一の被爆国日本を三たび狙うという事がどんな事なのか
理解できないようで、平気で口にする事自体この国の物事の考え方
国際性がまるで無く、モラルも無く
多分最後まで自分だけの食料が確保できる状態が
眼界と考え、何処までも耐えられるのだろうと思う。

しかも隣国であること、
北も南も無く
良きも悪しきも、なんて課題の多い国、日本なんだろうとつくづく思う。

芸能界では好感度で人気の男が無期限で芸能活動を休止とか。
仲間内でかばい合う、気持ちの悪いスタジオ。
人を美醜で判断するとこうなる、
実は、イケメンは損なのだと思う、訝って見られるという反面があるから
普通一次面接で済むものが、二次面接がなされるから、
「本当に?」と、よくよく訝かられて損。
美醜で判断する人には即、一次で合格、
そして被害者になる、
でも、人生経験の浅い17歳と33歳では雲泥の差で、
怖かった事でしょう、悪質な犯罪にも程がある。

プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
196()年生まれの
9月後半生まれ
本来初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







人と同居しているのは

サバ虎の
ねこ




まざーぐーす
だんだんばかに
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