父がソラで話した昔話

誰が作者かわからないがわたしが幼い頃父がよくしてくれた昔話。
なので原作があるならかなり違う設定、描写、粗筋と思う。
抑揚と間が大事な。

昔ある田舎にお百姓さんの若い夫婦と中型の白色の犬とが住んでいた。
(放し飼いは昔の喉かな時代には普通にしていた)ことで、
お昼までの間、生まれた赤ん坊を縁側の座布団に寝かせたまま
ちょっと離れた畑まで「シロ赤ん坊を任せたよ」
と言い、シロは賢い犬なので若夫婦は安心して畑に出かけた。

しばらくして若夫婦が畑から帰ってくると縁側に寝かせていたはずの赤ん坊がどこにもいない
よく見やるとそこかしこに血がてんてんと落ちて


若夫婦はどこを探してもいない赤ん坊に
シロを呼んだ、シロの口にも身体にも血が、、

シロの血を見てどうやらシロがしたことと思い至って「よくもかわいい赤ん坊を、、」
と棒キレで「この憎っくきシロめ」と叩きのめし、
挙げ句シロはいつ死んでもおかしくないくらい息も絶え絶えとなった。

しばらくしてなんと
赤ん坊の泣き声が縁の下から聞こえて来るではないか
赤ん坊は野犬に狙われた、
シロはそれに応戦、戦う前とっさに赤ん坊を縁側の奥まった所の縁の下
(昔の家は縁の下はかなり狭いが外から入れた)に隠しておいたのだ。
赤ん坊は安心しきってすやすや寝ていた、様子で。

シロについた血は野犬相手に戦っての血糊だったのだ、
守って疲れ果て挙げ句、飼い主に叩きのめされ
消え行く命の前に
若夫婦は涙を流してシロに謝った、何と言っても、もう遅いのだが。

というお話。

こんな感じのお話子供のころこれ聞くと今と違って泣くと言うより
その夫婦の勘違いに腹を立てたものだった、よくせがんで話してもらった昔話
父は臨場感あふれる様子で台詞の部分はかなりシロを罵るような
芝居がかった話を空で(何も見ず暗記して)してくれた。

今だと書きながら泣いてしまう。
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子供のころ聞いた昔話

もうすぐ借りた本の返却日なので慌てて読んでいる。
柳田国男原作遠野物語、それと一冊ではあんまりなので
長島有のパラレルも。
遠野物語がどこに有るのか尋ねたら文語体で書かれているのか
どうもお勧めしないと言われ
全訳されてる遠野物語。
確かに最初に見せてもらったものはカタカナ混じりで読みにくそう。
カタカナが入ると音読したとき日本人でも
途端に変に訛のある外人さんの英語口調のになるから面白い。

民族学者として我が熊本県の生まれ故郷を
(わたしも1歳まで、戸籍を見て笑った)
研究対象地としてアメリカの民族研究家に
推薦したという経緯が有ったので、なぜなのか
解るかも知れないと思ったもので。

遠野物語の内容は岩手県の民族とか民話集、
神様とか妖怪みたいな不思議話が多い。
NHKのチャロで英語番組妖怪退治の祈祷ものとかと同じかな。。
それでまた沼田まほかるの「アミダサマ」思い出すのだけれど
繋がることが。
チャロで検索したら東北編として妖怪話が出たパラレルワールドって書いてあってまた
偶然。

そういう話は子供時分怖いもの見たさの心理で
聞きたいような聞きたくないような
で、結局聞くのだけれど怖さが手伝うから
使い用によっては良い子育て本。

こういう話はほぼ隣町横に引っ越した
私の地元の子供会でも夏休みとかに
故郷民話として良く読み聞かせられたものだった。
おもしろかったのに全く覚えていない(笑)

それよりも父が夏の暑いとき等にする妖怪の「やまんば」の話やら
かわいそうな動物の
今となっては「椋鳩十か!」って
(すごく好きでしたネット記事「考える現在未来」椋鳩十インタビュー凄く感動した)
ツッコミたくなるようなお話をしていたのを思い出した。
これは良く内容を覚えている。
やまんばが背後から今にも襲い来る緊迫感やらを父はソラで話すのだから
今思えば母の周囲に言う「(父が)子煩悩」は当たっていたのかもしれない。
わたしはその当時「子煩悩」を辞書で調べて
母に異議を唱えたい思いだったが(笑)
姉との格差がすごかったから。、田舎の長男長女主義。
でも、時に足かせと感じた真面目さを教え込んでくれた両親に感謝している。

2話を書き残そうかと思う、原作者がいるのでしょうが、覚えておきたいし。

今にして思うこと



もうやがて90になる父、心臓バイパス手術のあとはさすがに、
すごい老けたなあと思ったけれど
送り返した母のアルバム「受けとったよ」と話す父は
私と居るときはいつもどこか上の空で寡黙な感じだった昔とは随分違っている。
今は電話でも、帰省したときも良く喋る。

全くボケた感じもなく、免許証を返納しようかと思ってるとか。
判断が適切だ、でも、田舎は車がないと大変だから、と困っていた。
「迎えに行く」という言葉も無視して
これが最後とばかり高速道路使って新築を見に来てくれた、
県庁転勤で住んだ事のある市内見物、連れ出したとき懐かしがっていた。

電話で近況報告、少しの母との記憶回顧もう尋ねる
機会もそう残っていまい、いつも遠慮して尋ね損ねていた。
少し太っているくらいで若いと思う父。
優しい父親というのだけは間違いなかったが、酒もタバコも凄かった。
お酒に強かった、さすがに晩年はドクターストップ。
だから酒も(好きだけど弱い)タバコしない主人を選んだのかも、
父は一緒に飲むのが夢だと言ってたが。

日曜大工で(あうんの呼吸)を身につけた、釣りのお供、水溜まりで溺れる等(笑)
私にはどこか(古い人間の持つしきたりや習わしからの姉妹差別)
距離が有って冷たいイメージがあったものだったが、
今は違う、自分も人並みに一通りの挨拶は(気遣い)はできるように
なったのだ。


また、児童相談所の不祥事←(間違い)市教委
父親から虐待を受けていた子供の必死の助け舟になるであろう、
秘密の通達書(手紙)がこともあろうか父親に公開された、
その道の職員なら百人中百人が絶対にしてはいけない手紙の開示。
父親が読んだならば不愉快さから怒り、
余計に子供に辛く当たるに決まっている。

職員は稀に見る不可解な気迫と言動で迫り来る面倒な父親に辟易し、
早く職務遂行し、お役ゴメンを図ったか。
後考えられるのは生徒の立場に立った考え方ができないとか?
父親と対処にあたった市教委は本当に大人なんだろうか?
今回の件で逆上した父親によって死に至るまでになったのは明白で、
暴力が倍増したのだろうし、市教委がどれだけ
少女に手をかけることなく暴力に荷担したかわかっているのだろうか?



心配そうな顔。
キリンジの歌を歌うとだけ側に飛んできてすごいスリスリ、
ぺろぺろ肌に毛繕いは痛い、何でだろう、もう笑って歌えない。
SIRUPのループって曲も好き、ホンダのCM曲もノリが良くて良い。

古風なそして現代的な

最近自分がやってると言うよりもなんらかの働きでもってやらされてる感が強くて変だ。
嫌じゃないのだけれど変な気分


まだタイトルは書かないが日本人の唯一らしい人類学分野の分厚い書物を読みはじめた。
熊本の山村の小さな村ルーツみたいなものだろうか、
でも前置きやプロローグを読んでもまだピンと来ない。
母が生まれ育った村の話。
母は今から思えば信心深い人で毎日炊きたてのご飯を
小さな(あれ、何て言うんだろ)器に水で濡らしたしゃもじで、
「てこてこ」して仏壇に備え、手伝いをしたことも有った当時ではありふれた日常。
父が出張ともなれば陰膳で鯛の尾頭付きみたいな煮魚とともにご仏前に、
としていた。

毎日晩酌に焼酎を飲む父に食事前に酒のおつまみ、
お刺身等出してからの食事で、近所の八百屋さんで
「三枚下ろしにしてください」がお使いの時のキメぜりふ、
心で一度唱えてから言う。

何より父への不満など子供らの私たちが言ったものなら途端に叱られたくらい
古風な日本の妻らしかった母。

家庭では古風でも姉さん女房の父より3才年上だったから実質は手の平で躍らされてる
みたいな母の尻に敷かれてる父、と内心では思ってはいたが
だから母と一緒の時は亭主関白風をやっていられたのだと思う。

母はその当時は珍しく車を運転していたし仕事もして参観日にはキメて来るしで
今の働くお母さん達となんら変わりがない。
私のようなおとなしめで目立たなかった幼少期はさぞや
不釣り合いな親子に写って居たことだろう。

母が亡くなったとき父は仏前で「なんで先にいってしまったとか」と泣いて叫んで
その時は父も情が深かったと思ったが、世話されるタイプの父
早い段階で再婚の話がちらほらと、やはり自分の老い先が思いやられたようだ
何より至れり尽くせりの母の亡き後一人で生きていかれる性分ではなかったから。

セーラー服は骨格を選ぶスタイル

小さい頃のトラウマ
あれは忘れられない思い出、
廊下の延長線奥に控えてる母の嫁入り道具の「鏡台」にまつわるお話。
スカート履いてワンストロークするにはもってこいの位置。

そこで恐る恐る履いて見たのはお初のセーラー服。
私的にもこのタイプのスカートは、なで肩タイプにちょうどよく似合いそうで
いかり肩ではないけれど肩パットなしでちょうど良い私には似合わないの極致だ、
と思いつつ見ていたのに後ろからの追い打ち

「○(←名前)はスカート似合わんねー」誰あろう母である。
いや、このセーラータイプが似合わないだけで普通のスカートは大丈夫なはず
心ではそう思っていたのに、まるでスカート全般が似合わないみたいな、
断然としたそしてとても残念そうな口調が何をか言わんや。



確かに毛量多く癖っ毛の私はショートヘアが定番スタイルでそれもセーラーには少し
バランスが合わない。

果たして翌日のセーラー服初日の日、下駄箱で
最近聞いたばかりの空耳アワー
「○(←苗字の呼び捨て)はスカート似合わんねー」バカ男子である、嘲笑の響き有る。
スカート嫌いにするのは誰あろう本人では無い、外野です。
一人は哀れみ、一人は嘲り。
思ったことを正直に言う必要ある?
一番気がついてる(そして傷ついてる)のは本人ですがな。
後三年もあるんだから。
プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
196()年生まれの
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







人と同居しているのは

サバ虎の
ねこ




まざーぐーす
だんだんばかに
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に抗うべく
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そして
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