司会がひどい

今の司会者は腕がないのでしょうか
ゲストに笑いや落ちを求める

昔の格上は殆どの芸能人がおしゃべりが下手な人が多く
歌手、俳優はアクターなのだから面白い話をする必要がなかった
今は、ネタ持って出演しないと司会者がぶーたれる、
何せ司会が◯◯下手だからだ。
昔は、うまい司会者がいて気取った「スター」と言われた人たちから
ユーモアみたいなものを引き出した、なにせその時見せるギャップが良かった
笑かそうと構えた人の笑いくらい面白くないものはない
それより自然に出た演出なしの笑えることを芸能人が言ったりしたりした時
ほんとうにおかしかったりする

今の司会者はお笑いをベルトコンベアーにポンポン、
殆どが同じ形で聞いたことが何度もあるような笑いの十円まんじゅうみたい、
十円まんじゅうの方がずっとうまいけれど。

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図太い性格と繊細さはどう折り合いをつければ良いのか

子供時分の回想


「お母さんがいないよう」
「怖いよー」一人で留守番
お姉ちゃんの帰りが遅い、テレビでは交通事故の番組
今日はなんだか心細さが半端ではなく
涙が溢れてきた
暗い部屋、灯りをつけても自分のその存在がはっきりするようで逆に怖い
電気をつけて、辺りを見回して、カレンダーと目が合う、その有名な絵画

これを一体何日繰り返してきたことか
小学生の身では永遠に続きそうに思えて
思えば保育園も母が最後に迎えにきていた
5時過ぎだけれど、残業で遅いのか構造改善とか言う事務所の事務員

あの頃の言うなれば共稼ぎの鍵っ子
学童保育なんてなかったから「一人」を不本意ながらも満喫
環境に慣れるようにいつしか一人に慣れてしまう部分もあって
友達が煩わしいと思ったこともあった。

自分のような育ち方、大人になったらトラウマも抱えるし
本人にとっても良くないと、
子育てに関して相当に配慮したつもりだったのに

だけれど子供は私の育つ過程を経験してはいないので
想像の域を出ない。
今度は知りもしない別の子育て弊害に頭を悩ます。
少し、甘やかしたりしてるのが今の親の大半だろう
自分の時の反動で、
「それが当たり前」で育つ、言い継がれてきた言葉と思う。
結婚とは元他人との婚姻でもあるわけで私と性格が正反対とするなら
感じ方から何から何まで未知の世界

どこで傷つくのか、はたまた感謝と理解するのか
許容範囲のようなものが子育てには重要になってくる
こちらと同じように感受性を共有出来なければ
してあげたつもりのことをも当たり前で育ってしまう。
必死で教え込んだつもりでも、周囲に溶け込んで同じ
「お母さんはひどい」とよっぽどひどいセリフを吐くのでしょう。
私もそうだったように。

子育てしてみて初めて気がつく、同じ経験をして初めて気がつくから
人は子育ての期間が長いことからも
育てる方も育つ方も動物でさえ持つ自然に備わったはずの
恩義のような感情がわからなくなるのだと思う。

笑いのツボが世間と合わなくなってきた

昨日のM1グランプリ
つかみはOK
仕上げは御覧じろって感じ。
結果に全然納得できなかった、いいかなと思ってた人たちは全部落ちてった。
最終決戦の三人の中でも銀シャリが一番ましと思ってたけど
これもダメで。

ブラックながらも最初は笑えていたし、いいかなと思ってたのに
ジャルジャルさんが出てきたあたりで
出来レース?
ひな壇で輝いてたっけ?

漫才ってただの登竜門、後はバラエティのひな壇に座って
気の利いたことしゃべってその位置を繋ぐ、
統率力があれば冠番組のMCに大抜擢か。

漫才なんて番組自体少ないから聞かないし。
そう考えると今回のM1グランプリ
過去の王者が審査員、
お笑い界は縦社会、そりゃ同じひな壇で仕事したこともある手前
新客のコンビにいい点が行くとは思われなかった。

ひな壇で違う意味で輝く人が今回の王者
ジャルジャルさんもそうだけど内容が入ってこないタイプ。


仕事合間に見る
年末のダウンタウンの恒例番組も中だるみは否めず
紅白もちょこちょこ見。



子育ては難しい

この年代になるともう子供も手が離れ、
てんでにばらばら

そうして振り返るとわたしの親がした子育ての失敗を回避したつもりでも
自分の子育てにもこれはこれで失敗があった。
それは、結構大きなことなのに満たされることで気がつかない、という弊害。
結局、子育ては自分も同じく子を育て、
苦悶しなければ気がつかないで終わってしまうものなのかもしれない。


子供って誕生してから親もおっかなびっくり初めての子育てで
どんな性格なのか、ある程度育つまで全然わからない
ある程度は持って生まれた「嗜好」やらこっちのほうの「思考」とか。
子供を怪獣に例える歌があるくらいだもの。

主人の性格があるから余計にわからなくて。

育ってから気が付いたのだけど上の子は主人に良く似ていて
でも、話が面白い所は似てない。
下の子は多少私と似た部分はあっても、何せ遺伝子が強すぎなのか
主人が垣間見えることがある。

私と主人は性格が正反対だから、子育て中もわけがわからん時があって。
主人はちょっと、面白さを引き算した明石家さんまに似てる(笑)
でもサングラスかけさせたらタモリにそっくり。

だからって子供たちが明石家さんま風なわけではない、
頑固なところとか、とにかく突っ走るバイタリティーが似てる。
子供は、バイタリティーは似なかった。
親れぞれの似てほしいところ、うまく避けるよねぇ。


明石家さんまにはいまるちゃんというお子さんがいますが
バラエティよりNHK向きな感じがするのは私だけ?

しっかりした意見を持ってる、笑いにつっこむのは「なんだかな~」
って感じるのだけど、人の痛みとか悩みとか話させたら。
母親似?悩んで育っただけに教育的番組に合ってそうな感じがする。



お笑いといじめ

いじめの問題が朝から取り上げられてる。
いじめる側の感受性のなさときたら凄い、ある意味おバカすぎる。

それが証拠にいじめた側は「覚えていない」と言う。
最近の定番、御用になった犯罪者が決まって言うセリフみたいだ。

最近のいじめは自分よりもかわいいとか自分より目立つとか
自分よりいい子とか
いじめる側の劣等感から来てる気がする、許容することのできない
心の狭さ。

これをお笑い芸人が司会の番組で取り上げていたが
ああいった発言や行為はお笑い番組の定番。
こちらは、もっと弱者をいじるのだから たちが悪い気がするが
なんたって商売だから。

いじめの発生源かもしれぬ一般人が誤用するお笑い番組。
せっかくならお笑い番組といじめの違いを、
お笑い芸人の司会者は番組で言及すべきと思う。
誤用せぬよう明らかな違いをいちいち述べてほしい。
「お金もらってまっせ」とか言って。

そしてテロップで流せばいい。
お笑い芸人が出て来て芸をやるたびに、「よい子は真似しないでね」と。

プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
196()年生まれの
9月後半
ちゃくもくろん改め
ちゃころもころ語始めました






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