差別はこんなに細かく世に蔓延してるのに

小さい頃を思うと何でこんな目にと言うくらい
母を亡くしてから本当に苦労した。

田舎の古い慣習と日本の男女差や年功序列、それでなくても長女次女で
差をつけられ、冷遇され、小さい頃は「何でお姉ちゃんばかりかわいがる」
直訴したこともあったくらいそれでも
父親は上を上として立てるがため、差をつけることを止めることはなかった。
母が父の出世を狙って毎夜のような宴会の席でも酔っ払いの
長女崇拝、妹よりもきれいだのなんだの、小さい頃は確かに姉はきれいだった。
比べられてはたまらない、これで酔っ払いが嫌いになり。
処世術に傾倒する人生がここから始まった感がある、「悔しさ」これは
あまり感じる自分ではなかったのに身につけるべくして身につけさせられたので
それは逆に今後の生き方に影響を与えた逆境の功とでも言うべきか。

それは日本の行事、お年玉から、成人式の着物、女でも先に生まれたと、長男扱いで優遇
学校への忘れ物の届けること(弁当)私ときたらお弁当の時には母親を亡くしており
届くどころか作らねばならぬ立場だった。

母親はこんなことはしなかった、
子育ての時誰でも思う二度目の轍を踏まぬよう私の時はより一層厳しかったが
逆に母親の優しさを感じた、
父は一見優しい感じだが父に母親ほどの積極的な情を感じたことはなかった。

思い出として取っておいたものは全部黙って捨てられたし、
今でも子供の扱いに対して間違っていたとは思っていないようだし
(俺は古いんだと公言して憚らず)

ただし、私の時は子育てで差別するそれは極力避けたから
子の精神面で助かった部分も多かろうが
その後の弊害も少なからずあったのは否めない。
考えてあげることばかり先走り過ぎて、「考えさせること」を疎かにしたような子育てだったような
「自分の時のようなことはしない」これに尽きる、邁進してしまっていた。
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日本のはお笑いじゃなく残虐とかショーでしかない

お笑い界が騒然となっている。
日本のはお笑いじゃなく(からかい)だもの。
これからはからかい芸人と呼ぼう。

個人的に人を指差して笑うお笑いはお笑いとは思わないのだけれど
裸芸のようなアキラ100%は日本のお笑い界でしか許されない
変な(芸?だと思う。
悲しいエピソードを語り居残りすれば、
居座ることでその場所が保証されたような形になったり、曖昧な芸能界。

あんなものは失敗したら警察に連行ものだと思う、出したテレビ局も
同じ罪で逮捕されて当然。

でも、黒人に扮装し人種差別とか言われることは変に思う。
日本人はあまり嫌いな人の人マネをしないから。
でも、世界ではこんなんで笑いを取ろうとは発想に及びもしない
お笑いネタだと思う。
人マネは失礼でしかないから、日本も結構やられてはいるけどね。

ただ絶対許されないのがベッキーに対しての回し蹴り
女性のしかも腰部に打撃を浴びせるのは人権蹂躙とさえ思える
人間は自然に逆らい二足歩行になった時から腰部は弱点になった
赤ちゃんを育む神聖な場所と言う意識さえもない。
、腰痛持ちの私から考えても腰が痛いときは
たった1キロの重さで骨が擦れるような痛みで激痛が走るわけで

あり得ない暴挙としか思えない。


個人的にはユリアンレトリイバア(イとアは小文字)は好き。

3つどころか

雑感を3つばかり

なんだかんだ言って久しぶりに大笑いしてるのが
監獄のお姫様
セリフから何から込み入ってるのに全部おもしろい。
今年一番笑った、「笑ってはいけない」くらい真剣にギャグやってる。
牢獄なんてこんなもんじゃないのに、楽しそうに作って
若者が監獄にこんななのかなってイメージ持ったら
社会的にどうなんだろう、とは思うけれど現実はそうじゃないことくらい
自力でわかるってものだろう。

個人的に貴乃花親方ってすごいなあって思う。
常人には理解できないし普通思っていても出来ないことをやり抜く意志はすごいとおもう。
将棋の羽生さんがまた快挙達成の時も、静かに勝利を噛み締め
決して相手のいる前で派手に喜んだりピースサイン(まず、プロにはいないだろうけど)なんてしない。
そういうところ、結果的に相手を慮ってるし、余裕に美しさ品格を感じる。

災害時に流れるような「ACー」的なCMが県内では散々流れてました
差別や偏見をやめましょうっていうもの。
昔話を引き合いに出して、鬼退治に行けば「子供のくせに」と阻んだとか
もう一つも昔話、「もう歳なんだから」あと一つはかぐや姫の出身地を
差別するなというものだった。

思いやりというものが読み取れないのなら、
「言葉選びのできない人」を逆に差別してる。
子供がしかも一寸法師が、鬼退治に行こうとしたら
普通何とか言って止めようとするのが人情というもの、それが差別や偏見というなら
黙って行かせるのが正解なんだろうか?
人間なんて差別しない人がいたら見せてほしいものだ
それは毎日というくらい浴びせられたり感じたり
やれ女だ、歳だ、綺麗だ、汚い、バカの、利口の、野党だ、与党だ、田舎だ、都会だ
これをやめれって言ったら真っ先にマスコミやらお笑い芸人全員がクビになる。
弱者を強調して優位にいるように見える人を貶す(けな)のだって立派な差別。
それより女性軽視の観点からも緒方議員には頑張ってほしい、
保育所も権利として要るでしょうに。





モーガンフリーマンのこの世は仮想現実?
だったらこの世界を作った何者かがいるということ、それを神と呼んでいる?
考えてみればこの世は全部がコピーで細胞から何から全てが複写機
よく思ってきたのが、人生とは壮大なドッキリではないのかと、えっ?当たりなの?
とか、人の人生を一通り全部生きるのではないかとか、
昔なら頭がどうかしちゃったとか言われそうな
この場合わかったってそこから何かが展開するわけではないのだろうけれど
人間が太陽系かなんか作ろうとしてるからすごい番組流すなあと感心してしまった。

いじめっ子は臆病なのだと思う

前回の記事からの続き、
そうそう、仲間にしたって、面白くないに決まってるだから、決めつけが行われる。
なぜなら考える事もめんどくさいし、またそれを求めてもいないから。
他人に意外性がある事にも気がつかない、
決めつけが行われた、そう取り扱いを受けた人は
自ずと決めつけられた通りの、レールの上を歩かされる
しまいは、こんななのかなって自他共が想像した人間を演じ始める。

人の意外な一面の発見をしようとしない学校という場所が多大なる
受け身の世界だから、先生次第、どんな先生に当たるかで
長い学生生活が天と地の差がでてしまう。

何処からそういう考えが来るのか、生徒たちが臆病だから。
すべては臆病が根本にあるという気がする。
学校は緊張のデビューの場であってほとんどの子が初めての場所で
臆病を隠して頑張っている。
いじめっ子も臆病者だし、
逆に一番怖れの多いのがいじめっ子なのかも知れず。

自民党支持率低下が盛んに言われてるけれど
野党も思惑通りに無理やり「うっちゃり」をかましてきたけれど、
一体何処らへんが自民党より上をいってるのだろう?
民主党政権時代見てたけど自民党が責められてたところは
民主党の時は完全スルーだったよ、突っ込みどころ満載だったけれど全部スルー

ただ、何処の首相も大統領もみんな人気があると思うと独裁者気取りになって
自制が効かなくなるのか
辞める羽目になる、なんで繰り返すのか意味がわからない。




自己防衛から変転して

現代の若い女の子も、したたかさがすごい、手練手管使い熟す。
これも、悪い事が周辺に蔓延ってるを真似てるわけで
事件になってからやっと、ことの重大さに気がついて目を覚ます、
寝てるようなものだから、「最初から起きといてよ」と言いたい。
これが巷で、物心つき始めた子達が行うから
何処から湧いて出た?くらいな勢いで四六時中行われてる。

昔は、経験積まないと実行に移さない、移させないという厳しさがあったが
今は何も知らないのに、知ったかぶって大人を真似ては
大怪我をしてる。
しかも、犯罪だから大人を真似るじゃなく大人が作った悪い物語を真似ている。

子供をそそのかしてどうするんだろう、守るでもなく。
真面目は一蹴に付され、すべての芸能人がマニュアル通りの笑えない
笑いを強要され。

昔は、自分を卑下したりして卑屈な笑いとか提供したりしていたが
もうそんな余裕もなく
いい加減バカバカしくなってきて、言わなくなったし、


周囲が他人の事をネタにして笑いを取ってる芸人さんを見ると
なんてひどい事を言うのだろう、と思ってしまう。
こういうのが笑いのプロで通るのならならないほうがマシ。

この笑いは、人に笑われる前に自分で言って先に笑う、
「わかってるんだよ」っていう自己防衛であって、
「本人が笑ってるんだからいいんだ」という笑いどころではない。
解らないものは、この自己防衛を見て本人が言うのだから笑ってもいいのだ
こう判断するわけで、しまいにはこれがルールみたいになってしまった。

仕方ないのかもしれない、これしか笑いのネタが見つからないのだから。
学校という現場が「からかいの世界の第一歩」そういう試練が待っている。
間違っていても声の通るほうが勝つ。
教師がよく言う、眉を吊り上げ「仲間に入れてもらいなさい」命令してる(笑)
いえ、いえ、グループ色が違うものを絶対に仲間にはしないものなのです。
絶対に入れない!入っても違和感しかないだろう、
日本の学校は小さいうちから「なんとか同好会的」なものを
作って相容れない他をシャットアウトする
これも大人になってから作ればいいものを、狭量な大人を真似て育つから。

プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
196()年生まれの
9月後半生まれ
本来初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







人と同居しているのは

サバ虎の
ねこ




まざーぐーす
だんだんばかに
なってゆく
に抗うべく
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そして
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