地震の後で、な気がする

買い物に行くと以前は知り合い同士の話しかけがほぼ
今はお惣菜やら変わり種なものとか見てると話しかけて来る人の多さよ
道の駅なんか特に。
「これ美味しい」?「美味しいですよ」、とか、
ここは(中央区)以前より田舎だから余計に、なのかもしれないが
昨日もレジに並んでたら
しきりに後ろに並んでる私を見てくるおばちゃんあり、
私よりすこし年配の。
ニコニコしながら「重いね、置けないもんね」私を気遣かってくれてる。
こちらもすぐに笑って「全然(重くない)平気ですから」と返す。

こういう人増えた、
見知らぬ人に話しかける人、でも気がついたのは話しかける人は
微妙なまでの相手の(余裕的な)ものを瞬間で見抜いてる気がする。
余裕のなかった頃はギスギスしたオーラしか放てずに、
シャットアウトしていて。
受け取れなかったのだろうな昔は。
でも、果敢な人はあえて余裕のなさそうな人を助けようとして
話しかけているから(笑)
すごく嬉しくなる。

日本の政治、完全に国民置き去りに走り出した感あり。
刷新されるものの感覚のズレ、
「令和」、万葉集からと内容等詳しく聞いてから気に入る。
相当に引き離して独走状態。

北朝鮮、韓国、にたいして米国の引かないゾという印象操作、
普通の心理作戦が通じる相手じゃないと思うけど。
韓国はアメリカにはヘコヘコするけど北は、、、
なんか変な不穏な静けさが気になる。
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続き過ぎる不思議

地震前の家は子供達にとっては想い出の地
「それを考えたこと有る?」(単なる質問、責めてるわけじゃない)
引っ越したいと言ったとき私にちょっと強気に出れる次女が尋ねた言葉だけれど、
確かに一番楽しかったのは色々失敗しつつの子育て時代だったけれど
あの地のあの家は家族的と言うより
駐車場に囲まれていてパブリックのイメージで
解放された気分になったことがあまりなかったから、
理想的な土地を見つけたら住み替えたかった。
それにみんな個人主義的な個性だから良いのかなと。

それ以上何も言わなかった。
福岡に移り住んでからどちらに居たときも帰省も稀だったのだから、
良いのでしょうと。
住み心地は広めのリビングが冬場は少し寒いけれど、すぐ温まるし
導線も散々考えたからストレスなく動けるし、
クローゼットは扉無しにしたから
何たって埃が溜まらない、
綺麗にしておかないと雑多さが目に飛び込んで来るから。

確かに大事な何かを無くしてしまった感は否めない。
でも仕方がない、2013年の猫を飼いだしたころから
家族皆がすごく体調とか崩し出して何事かと思った。
神社にお祓いに行ったくらい、それで何とかおさまって
今度は神懸かり的なことが続くと思ってたら地震で、
あの時期は本当にすることすること次に繋がっていて、
身の回りの整理や、短命に終わる建具の新調も
頑丈な枠組みで身(家)を守ったという意味では無駄ではなかった。

困った状況なのに何故か水が出たとか余震の合間の取り出しも
整理してたので手探りでも物がスムーズに持ってこれたとか、
スムーズに食べ物が手に入ったり暑さ寒さもそうだし
義母は頑丈そうな病院で揺れもそれほど恐怖に思わず居られて、
もしも一緒に住んでいたらと思うと、、

いずれ惨状となった場所から移動するように言葉をかけていたり
お風呂が壊れなかったとかでも助かったし、不思議なことが随分と続いた気がした。
神仏信仰のお陰とか、新築でも仏壇用和室を設けたお陰とか、
以前完全とは行かない多少懐疑的(怒られそう(笑))に思っていたこと
霊魂とか、知らせとか、未来とか、しみじみと、「有る」と感じるようになった。
今もって厳しい現実ですが。

みんな自力で頑張ってる人がほとんど

熊本地震から2年
行政に頼るなとの石坂浩二さんの意見。
うちの場合は解体したと言うことで出た支援金以外は全部自分たちで支出
これは国の空き家対策強化が動機。
みなし仮設さえ入ることができない、1LDKに一般入居
もうすぐ15歳のお犬様がリビング住まいなので窮屈この上ない
そのうち主人は二回ラクナ梗塞で入院
犬と猫が居たため支援金が全く貰えず(結局そう言うことのよう)
住宅支援金は6万まで、、超過分を自分たちで出すという融通がきかない条件の為
全額自分たちで支払う羽目に。
ペット可で6万台の家賃の物件なんてなんて到底見つかるはずがないし、当時
犬猫可物件がほとんど埋まっていてペットをどうするかで相当問題になっていたのに
「家賃は6万まで、びた一文負かりません」って言う行政
被災者の悩みに何一つ応えてなかった。
猫はなんとかボランティアの方たちに預かって貰えて事なきを得たけれど

隣近所で助け合いましたよ、できうる限り
水をあげたり、食べ物も自分たちで調達したものをあげたり。
でも皆さん恐怖心でいっぱいで自分の事で精一杯、心臓バクバクで何かあったら逃げなきゃと
「自分の身は自分で守れ」は自ずとそうなる感じで、
危機意識も被災状況次第で温度差があるから
被災してない人はトンチンカンなことを言ってしまうのは仕方がないけれど
「行政に頼るな」こう言うことを言う人は災害があっても
行政に頼らず果敢に生きていかれるのでしょう。
普通の人なら、ここまで規模を超えた災害はある程度は行政に頼るしかないと思う。
実際行政の支援は元気で若い人達向きの支援ですから。
だから、頼りませんでしたけどね。
「助けられません」と行政に言われましたし。(陳情を断られた)
道路も相変わらずガタガタ、腰痛も悪化、悪路がますます進んだ熊本の道路。

静かになっていいものなのか

人生一変、この急激な変わりよう、2016年4月以降は未体験の日々

家を求めて、家を考えての日々。
世の中が、まだ先でないと実現は難しいと控えていたことを「やれ」と言って引かない。
普段の考えなら絶対にやらないこと、夫婦ともそこは同じ思い。
だいたい大きなローンを抱えたくない。

せめてあと4、5年待って欲しいところを
意外と地震のあった熊本その地で冷淡なことが着々と進んでいて
被災者の優遇措置なんてほとんどなく、大きな買い物であることには全く違いがない。
しかも建築ラッシュと来てるからまさに大忙しで、被災者に同情すべき時に
思わず笑みを漏らしたり、いつも通りの何の支障もない客への対応みたいな商談になったり

置いてきぼりを食らう被災者、でも、この地震を普通の地震と一緒にしてたら
まさに怠けていたキリギリスになる、
過去にはどうか知らないが近年では今までとは違う
津波こそなかったが前代未聞の地震だったのだから、熊本をからかうものこそまさに
キリギリス。

災い転じて福となれ

あけましておめでとうございます。

お正月感もあまりない感じで2018年の幕開け。
良い一年になりますように。

年末年始とテレビの前に座ったものの、
まあテレビの面白くないことと言ったらなかった。

テレビの内容が年々だだ下がりで昨年から強制的に
払わされてる結果見させられてる、BSなんかも見たりして。
まあまあ逃げ道としたらこのBS系列でしょうか。

今年の紅白は司会も良かったこともあってチャンネル切り替えても
結構見てて後半は珍しく熱心に見ていた。

ただ何で白組が圧倒的大差で勝ったのか全くわからなかった。
共感で見るテレビから、違和感満載で見るテレビへと変わり。
他山の石のような存在のテレビへと変遷。
BSだっておかしい、クールジャパンランキングとかやってたけれど司会者「どこが良いの?」の
連発だし、ドッジボールが二位って言うのも、、、褒めてんだかなんだか
日本下げのテレビだったら視聴料払いませんよ、
見させられてると言う料金システムであるからにはこちらも言う権利がある。

BSは熊本の地震のその後を放送しており、長周期パルスの恐ろしさ
これが大都会の超高層ビルで起こったらどうなるかをシュミレーションで再現

免震システムががこれまでの物では全然ダメでついには
揺れたらビルがその間、空中浮揚する
なんてものを研究し、造っていたり
地震は本当に見えない水面下だから、日本は災害大国として
耐震対策は必須、着々と研究を進めて災害に備える、
備えあれば憂いなしの日本は、災害大国として奇しくも主人公であるから
逆に主要な国として貢献し君臨すれば良い。

プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
196()年生まれの
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







人と同居しているのは

サバ虎の
ねこ




まざーぐーす
だんだんばかに
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