女郎蜘蛛と虫歯

田舎のクモはデカイ、住むには覚悟がいる。
私はクモが苦手、特に女郎蜘蛛。
黄色と黒のしましまの危険な色。
そして田舎によく出るでっかいクモ。
名前は知らない。(調べたくもない)

でっかいクモ、あのクモのたまご見たこと有る?
まんまるで白い1円玉(?)サイズくらい。丁度ドールハウスのお人形の薄めのクッションみたい。
(何にたとえとるんじゃ)
まさに「クモの子を散らす」のことわざ通りを目にしたことが。
物置にかかっているカーテンからクモの子がいっーぱい
放射状にほそーいクモの糸を伝って降って来る。
クモの子、小さい5ミリくらい。えーっかわいいんですけど。
大人はキモいくらいデカイということを今ごろ思い出す
私は
「散るなー――!」と叫ぶ。

あんなたくさんが大きくなって?不思議と年に1匹?(匹でいいの?)くらいしか出ない。
夏の夜が絶叫の夜になる。母は頑なにクモを殺すなと言うし。
音もなく出現、いつの間にか見上げた壁に居るという。

あァ―もう気色悪い。(音をたてても嫌だーっ!)

子どもの頃虫歯になった。
これは穴あいちゃってるから神経までいってる。
痛くて仕方がない、、もう遅いから明日にでも歯医者に行こう。

でもなんだか気が紛れない。

痛みで家の中うろうろし始める。
しまいには家の中じゃ間に合わなくなって外へ。庭をうろうろ。
庭を1周とか。
何やってんだ?そう言えば張っていた女郎蜘蛛の巣。
私はそこを頭でかすめたみたい。
見事に女郎蜘蛛が頭に乗っかってる?様な気がする

ところが私、歯が痛すぎてそれどころじゃない。
ぱっと腹立たしげにクモを払いのけて、(手にぼてっとした感触)
うろうろの邪魔をしないで! とばかりに片頬を押さえ、うろうろを続行。
歯の治療後ほとぼりが冷めてから、あのクモの悪夢の感触を思い出す、ボテッとした
ゾワっ
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地獄に導く好物のみかん

小学生の低学年の頃、新学期に入ると何故か先生は地獄の話をした。
子ども心にすっごく怖い。
教室に地獄絵図みたいなものが貼ってあったような気が...今思うとなんて悪趣味な
嘘をつくと閻魔さまに舌を抜かれると。恐怖政治、越権行為。

私はみかんが大好物なのに給食に出てくるみかんが食べられない。
人前でみかんの袋を口から出すのが嫌だし、恥ずかしかった。

(今でこそ袋ごと食べているけど、その方が体にもいいらしい)
そんなこんなで、みかん嫌いを宣言。
みかん嫌いが定着するとクラスの男子が、「みかんをくれ~」と言ってくる。
助かるけれど、本当は食べたいのだ心情は複雑。
うそつきは閻魔さまに舌を抜かれるんだ、みかん嫌いだなんて嘘ついてどうしよう?
姉にも本気で相談したりして苦悩していたことを思い出す。
今思うと
噴飯(みかん)ものです。



柑橘類は みかん・パール柑・デコポンがおいしい

今日のmyミュージックみかんの、み、にちなんで
ミニー・リパートンのLOVI N' YOU
若くして亡くなって残念。綺麗な声です。

車からの落し物、まさかの金だらい

その日は雨が降っていた。
私の車の車検なのだけれど主人の運転でディーラーへと向かっていた。
するとあり得ない車発見。
家庭ごみを山と積んだ軽トラック!引っ越しだろうか、

何かを落とした。
視界を横切る銀色に見える何かの物体。
「UFO?」
「ガツン!」
割と新車の部類の私の車に何かが当たったのだ。
主人は軽トラックを追走、赤信号でなんとか追いつく。
落ち着いたものだ、主人は車を身振り手振りで脇に誘導
娘の傘をさして降車。

ビニール傘にはピンクのハートがいっぱい。
その違和感満載の佇まいで、軽トラックの窓をトントン
(車から何か落としたみたいだそれが車に当たったようだから降りて来て)
みたいなことを言い、やっとの思いで話し合いが始まる。

丸い形の大きめの「たらい」だ!!!
お笑い芸人の頭にオチとして落とされる「た・ら・い」
軽トラの運転手は積んだはずの「たらい」がないのでここでようやく
その、たらいを落としたことに気づく。

あのすざまじい音で傷がないのが信じられないが
雨でもあるしどう探しても、傷がなさそうだったので
「今後注意してくださいね」で済ませた、 ようだ。
何しろ雨がすごくて声が届かない。
主人は相変わらずハートの傘で説得力もあったもんじゃない。

でもディーラーで「傷発見!」
こすった跡は通常ではこんな所に、つかない傷らしい。
雨の日の車検、止めとけばよかった。金だらいなんて、、コントか!!
 うちらは、なんにすべったんだ!
マナーも悪すぎ、
2年くらい前も片側1車線でペットボトルが入った(45ℓサイズ)
ゴミ袋をわざわざの対向車線に落としたおバカがいたし。
ギリギリでとっさによけたが、落ちるところを見てなかったら大変な事になっていた。
ホント落し物が多い。気をつけてほしい。

今日のmy面白芸人さん南海キャンディーズの山ちゃん。
この人なくして今のしずちゃんの人気は生まれなかったと思う。
引き立て役としてのしゃべりも完璧、良いコンビ。

保育園嫌い

私は保育園が嫌いだった。
母は毎日私をなだめすかして登園までが大変。
父の送ってくれるバイクの後部座席おんぶひもの拘束(笑)何にもしゃべらなくなる。
予防注射のある日なんか大泣きしてさらに大変。
大好きなナツメの実の干(甘い)したものがもらえるのでそれにつられて何とか通園。単純。
保育園に行ったら行ったで一風変わった子だった。

みんながお遊戯なんかしていると「おどらされてる」みたいな感覚で
お遊戯に邁進するみんなを冷ややかに見つめてた。
自分だけは知っている(気付いてる)みたいな(笑)
結局自分も踊ってたけど

お母さんがいつも最後に迎えに来てた。5時過ぎ。
先生とふたりとかになるとわびしかったな。
お母さんの姿見てホッとしてた。
結局卒園式で皆勤賞をもらった1日も休まず。
小学校も

タモリさん。
保育園嫌いだったって。(結局行かなかったとか、強いな)

今日のmy面白芸人さん 芋洗坂係長 踊るデブりん すごい才能感じる。
大好きなビートイットのイメージが壊れてく(笑)

人間は不安定な生き物だから

人の考え方の癖がその人の人格を形成する。
きっかけがないとずっと変わらない。
この頃の犯罪、意味不明で理解できないのにもうすぐ裁判員制度までが待ち構えている。
にわか裁判員で務まるだろうか?
犯罪心理学とか知らなくてもいいの?
裁判の判決で、その人の人生を大きく変えてしまう。
その後もずっと引きずりそうな気がする。
(自分の判断が、間違ってたんじゃないのかと悔みそう)
アメリカの例を見た時はよい制度と思ったんだけれど、
時々一般人と弁護士の慣れ過ぎた裁判が判決を変に覆したりしてびっくり。

今回の裁判だって弁護士の荒唐無稽な弁護は少年の更生に役立ったの?
弁護はその子の刑を軽くはしても、それが本人の為になるわけじゃない。

日本も当然アメリカの後をついて行く
国民性が違うから同じにはならないと思うけど。

誰だって完璧で良い両親だとは言えない部分がある。
自分自身さえよく理解できていないのに。
配偶者の血が混ざってはなおのことわからない。
子育てだって成功だったのか失敗だったのかは、せめてその子が成人するまでは親に責任がある。
子の悪は親に…その親にも親がいて…

辿り辿って悪因の所在を明らかにするなんてタイムマシンでも無ければ出来ない相談。
そう考えていったら人に対して腹も立たないのかな?
子供の頃そんな考え方してた。腹を立てない良い子だった。
でも生きれば生きるほど自分も少しずつ汚れ
「正義感で生きよう」とか「普通な(悪い態度も含め)対処が出来ない」事とかが
異端扱いされるから「みんないっしょ色」に染まろうとする。

おばあちゃんは花が好き。
お庭の手入れが行き届いている、と近所の人が褒めて通るほど。
だけれど困ったことがあった。
それはまだ子供が小さかった頃、保育園から「お花を持ってきてください」といわれること。
またこの年が巡って来たかと気に病むことが。
子どもは家へ帰ると、私ではなく真っ先におばあちゃんに言う。
「お花もっていきたいんだけど」

おばあちゃんが迷わず持たせる花、それは菊。
私は、なんで菊?それも少し地味系の菊、いわゆる・・・ご仏前の
それを教室に飾るの?
先生の困惑の顔が浮かぶ。それとも教育上、素直に喜んでみせる?
2人の子ども、2人とも登龍門のようにその行事に参加してくれた。

私には頑なに菊を自慢に思う義母と娘たちに
口を挟むことが、できなかった。

やっぱり猫が好き

人のブログにコメントがなかなか書けない私です。
野放しなんていい放っておいてしっかりつながれているんじゃしょうがない。

昔あった30分のコメディドラマ「やっぱり猫が好き」
小林聡美、もたいまさこ、室井滋3人はいい味出していました。
飄々とした演技でおかしな事言っいてるのに笑いもせずに。
ほんと隠しカメラで隠し撮りした面白一家を覗き見しているみたい。
ちょっと前3人おそろいの(恩田3姉妹)CMを見たなつかしかった。
小林さんマラカス一心不乱に振ってたけどまた見たいなァ。
年1~2回でいいから特番とかで。
以前小林聡美さん「笑っていいとも」で猫好きタモさんにつられて
ついマンションで猫飼ってることがばれちゃってたけど普段も面白い人なんですよね。
本も面白いし、器用だし。
私もやっぱり猫が好きだなァ。
コメクテチュがいるから飼えないけど。
犬って頭がいいのに無駄に動作が多くて…バカっぽい。
猫は動作が少ないから賢く見え。

クールフェイスで気品漂う猫に憧れます。

演歌が鼻唄で

音楽は大好きこれは父の影響?
母は、こともあろうに私にピアノをやらせようとしたこれは失敗。
この話はのちの悲喜劇としてまた書くとして。
私が4~5歳の頃、新商品家電やら新しもの好きな父は、
自分の趣味も手伝ってスピーカー付ステレオをデーンと据え
「さぁ、お前もついでに聴け」とばかりにクラッシックレコード。
世界の名曲シリーズ全15巻。
丈夫な厚紙の箱には世界の名画がほどこして有る。
(1巻に2~3枚入り)を買いそろえた。

その他だと、ジャンルも幅広く「赤い靴」「青い目の人形」なんかも有った。
父の懐古主義?
私があまりにレコードの独特の歌い回しをまねをするので
娘は聴いたこともないのに覚えて小学生の時に
「あ~おい目~を~したおにんぎょは~」なんて古めかしいのを一曲やって
先生達の笑いを取ったと言っていた。
クラッシックは「はぁ?聴いたことは有るけど題名までは…」と父のもくろみにそわず。

比較的新しい方のドビュッシー「月の光」とかいい。
ジャズも好きだけどあまり正統派的なものよりアレンジジャズのが良い。
シャーデーも良い。凄く良い。
あとR&B、アースウィンド&ファイヤーこれも大好き。
洋楽の方が好きリズムもノリも明らかに違うから。
でも日本人アーティストと言えばやっぱ宇多田ヒカルの曲
世代を超えて聴ける。
20代だというのに人よりずーっと濃く生きているし元気をくれる。
内容は、惚れたはれたばっかじゃないし。
new albumではcelebrateが好き、リズム感が。

聖火リレー

フランス人が叫んでいる。「チベットに人権を!!」
他国の人が殴られてまでも他国民の人権のために抗議する姿。
鼻血が出ても口が切れてでもそれでもやめようともしない。
日本人の消極的な態度とは正反対じゃないの。
人質を罵って見殺しにしかけたり、してみたり。

そんなエネルギー無くなってしまったのか萎えてしまって自分の(国)ことで精いっぱい。
日本と中国は以前から微妙な関係にあるのだから仕方がないのかもしれない。
ああいった行動が最善なことだとは思わないけれど。
あの姿を見てすごい違和感を感じてしまった。
やはり萎えた日本国民としての自分を意識してしまうからだと思う。
他人のために、「情けは人の為ならず」
抗議している国民それが本当の健康な健全な思想。
もう、もはや理解に苦しむようでは終わり。
あの人たちの考えをインタビューして、「当然じゃないか」と言われたらショックだろう。
あの行為を全部是認しているわけではない。
(確固とした自分なりの思想が有るということに感動する)
日本は思想なんて持ったとしても少数派は危険因子とみなして黙殺、抹殺されるだけ。

夏目漱石

小さい頃、本のタイトルからしてなめていた感のある「坊ちゃん」「吾輩は猫である」
漱石文学はすばらしい、そうして奥が深い。
「坊ちゃん」はとても読みやすかったけれど。
脚本家みたいに描写が細かい漱石。
読み始めたら嵌ってしまう。
果ては文学論、(英語がいっぱいで意味が…)孫の夏目房之介に至るまで。
読み辛かったのが「草枕」「虞美人草」
虞美人草なんかはラストが私には、少し頓狂な感じがしたから。
藤尾の結末はあまりにも唐突な感じ、
その部分の描写はいま一つ私にはしっくり来なかった。

好きなのは「硝子戸の中」「夢十夜」「野分」「永日小品」の[元日」なんか。
特に好きなのが「野分」
白石先生が漱石自身で先生に共感を覚える高柳君を「檸檬」の梶井基次郎にと
勝手にキャスティングされた状態で、妄想的に読んだり。
梶井基次郎は漱石の作品をそらで言えるほどの漱石ファンだったし、高柳同様、肺を患っていた。

漱石の作品にはよく食事を勧めるシーンが出て来る。
食べ物へのこだわりは実像と近い。
それにしても、漱石と孫の夏目房之介やはりどこか似ていると思った。
今の時代漱石がいたらマンガ好きだったんじゃないかな。
描写が目に浮かぶくらい細かいから。
だからと言って文学が漫画として描かれるのには少し抵抗が有る。

かぎっ子とテレビ

かぎっ子を経験した1人の意見として。
別にテレビを見まくって育ったテレビ肯定派なわけじゃない。
テレビをつけてしまうのは、人の気配がないことに対しての恐怖心からだから。
テレビを安穏としてみているわけじゃない。
BGM的につけている。
そりゃあ私だってテレビにはずいぶんそういう意味では助けられたけれど、
テレビの放送内容に対しては否定的な思いも随分ある。
朝一番から殺人や犯罪のニュースで一日をスタートさせたくないとか、

暗い内容への拒絶感はすごくあるから。
陰惨なだけで何の解決策もない不安な気持ちにさせっぱなしの
日本のテレビなんか明るくなんて全然ない。
お笑いやバラエティー番組だって、どこか弱者いじりやら陰湿な笑いがあったりするから。
そういう所では厳しい目でテレビの内容にツッコミを入れつつ見ている。
なんかテレビが引っぱって、私たちを変な方向へ走らせている。
かぎっ子として育ったことで、身に付いた冷静な観察眼かな。

小さいころに辛い思いをした上に、何の能力も身に付かなかったのだったら、
かぎっ子として育った苦労が意味のないものになってしまう。

桃太郎 前節

桃太郎の話には元話があった、今日はその元話のお話。

あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
おばあさんは力に自信があったので、山にしば刈りに。
おじいさんはきれい好きだったので川へ洗濯に行きました。
すると川上の方から、「テンプラコ~ テンプラコ~」(byクレしん)と桃が流れてきます。
遠くに見えていた時は小さい桃だと思っていたら近づくほどに大きなことにびっくり。
おじいさんが桃を拾うこともせずに流れていく桃に向かって、言いました。
「あれはきっと桃だろう!!」

そうしてあの本章「桃太郎」が生まれた。
あのおじいさんおばあさんは2組目に流れついた桃のお話だった。

な~んて、そんなお馬鹿な話はありません。
エイプリルフールということで。
プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







人と同居しているのは

サバ虎の
ねこ




まざーぐーす
だんだんばかに
なってゆく
に抗うべく
文章作成







日常のグダグダを
まとめ整理する
のーと

そして
まとまらないという

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