母の事

小さい頃の私の母はとても厳しい人と言う印象が有った。
母に対して軽口を叩くなんてとんでもない、そんな雰囲気が有った。
会話で母を感心させたり、気を回した会話が出来る様になって来て、
叱られる回数も減ってきた。
今でいうところの家庭に収まりたくない人で、働きたい人だった。

母は、私と違ってとても社交的な人だったから
「誰?」と思うような人と良く立話しが始まったり、
(スーパー)店へ行けば、店の人に掛け合って値切ってみたり
(値切り方が上手い
今から思い返せばここは大阪、外国?フランクな人ねぇ、みたいな雰囲気になったりした。

病院へ行けば、すぐに誰かと話し始める。
さんざん体を気遣った会話のあげく
「今の人誰?」と聞くと、どうやら初めて会った人らしかったり。
初めての人との話し方と違って
なじみやすい雰囲気で振る舞うことが自然に出来る人だった。
身なりもいつもきちんとしてPTA予定日前には、必ず美容室。

一番、驚きだったのは運動会での母だった。
何をやらせても、さえない私は、唯一運動だけが得意だったから。
あ、図工も発想が面白いって(笑)
力(リキ)の入った母は、私が走る番になると誰一人として張られたロープからはみ出さずに応援している中
一人フィールド内まで体ごとはみ出して私を応援してくれた。
「○○○ーっ がんばれー」ひときわ大きな声で。
走っているというのにスローモーションのように母を再現、何度も何度も(笑)

目立ちまくる母に、皆が驚く「あの人が○○ちゃんのお母さん?」おとなしい私からは
想像出来ないらしかった。

そんな母が自慢だった。

走るのは得意、いつも一位か二位だった。
逃げ足で培ったか(笑)
母は、華やかな事が大好きだったのに、活躍の少ない私にどこか不満らしかった。

相変わらず私は私で、母とは違う。華やかな場所は全然苦手。
娘が取った賞などで保護者として付いて行く懇親会とかの会場が苦手。
そういえば子供はそんな場所で気後れしていない。
生きていてくれたら、きっと「自慢の孫」と
親バカならぬ祖母バカ振りを発揮し大騒ぎして
私の代わりに出席したがった事だろう。
母の方が、似合ってる。

でも、私も、どこか母の血が騒ぐのか、
時に(ルール無用の)←相手にする者が母と違いすぎる。
危ない人に説教かましたい衝動にかられてしまい、
良く娘に止められている。
しょうも無い人に対して目立ってしまっています(笑)

母は、初めからそんな争いに巻き込まれない友好的才能があった。
だったらやっぱ似てないじゃん ガ~ン

プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







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