皮むき器



久しぶりに怪我、恐るべし皮むき器。
こんないびつな形見た事無いと言うくらいでっかい「新高」と言う品種の梨、
ぜんぜん、丸型じゃ無いから売り物にならずレークなんとかで買ってきた義母。
皮なんか包丁じゃ無理と思って例の実演販売でもおなじみ。
キャベツの千切りもこのとおり~で普通のものより大きめ皮むき器(ピーラー)
ピーラーでザンザンやっていたら左手の小指爪ごとザン!って。
しばし血が止まらんし。
日曜日と言うのに子供は学校行事でいないし。
長女も福岡、旦那もおらんし。おろおろ。
気を確かに持って「だいじょうぶだいじょうぶ」と自分に言い聞かせ、気を落ち着かせる。
ナントカ収まった。しばし気持ちが悪かった。
ピーラーもやっぱり刃物に違いは無い、丁寧に扱わねば。
いびつなデカ梨さん味もいまいちだったゾ!
皆さんも気を付けてください。

何の為のお笑い?

酷い事をネタにする芸人さんがいる。
逆に世の中に警鐘を促すためにあえて酷い自分を晒しているのかと思ってしまう。
体の不自由な人を笑ったりする事や、行動に起こさないまでも陰口や差別的扱い。

昔居た石を投げつける子供らを見ることからもわかる。
昔は「家」が機能していたから子供のはばからない石を投げつける等の行為は、
親がそれを公認するような言動が有ったのだと思う。
親の思いが子供に石を投げさせる。

障害を持たずに一生を送る保証なんか無い。
不慮の事故、病気、老いて死ぬまでその機会は巡って来る。
酷いネタで笑う事は、未来の自分を今にうちにと笑っているような物。
「転ぶ」「落ちる」こんな動作に笑うのは子供の頃からのすり込みも有る。

絵本などを見せて、落ちたり転んだりの動作に笑うのはかっこの悪い体裁の悪さも有るのかもしれないが、
「大した事無くてよかったね」って言う安心の笑いも有ったりするんじゃないだろうか。
本当ならば「大丈夫?痛くなかった?」と幼児の口から促すべきを、
笑ってしまう教育を繰り返すうちに日本人全体が同じ反応をして
「笑う」と言う行為に至ってしまうのではと思う。


ところがその内「痛い思いをしているのに笑うなんて酷い」と言う段階へ移行して行く。
そうして自分と置き換える事で相手の痛み辛さの感受性が身に付き
笑う所と笑えない所とに差が出来てくるのだろう。

酷い事をネタにする芸人さんのネタで、笑える人がいるのは成長の停止状態で、いた仕方がないのかも。
皮肉な笑い。それを軽蔑する事は何故か出来ないでいる。
何かを社会に訴えたいのならばそれをやる所はお笑いの世界じゃないのにと思う。

何故芸人さんを目指すのか
それは、幸せそうに笑う笑顔を見たいからじゃないだろうか。
芸人さんが笑わせる芸と、さげすむ事は全く違う。
プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







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