疎通も反省も出来ないのなら

犯罪者は、裁判で誰に謝って、誰に許されたつもりでいるんだろうかといつも思う。
勝ち誇ったようなですって。
まず許されてない。
裁判所で裁判官の前でいくら謝ったって。
厳密に言えば死者のいる世界に行かないと謝れる訳ない。   いって来て。
裁判はしょせん人間が社会で住みやすくするために作ったもの。
人間界で言えばただの簡易裁判所。
現存する人が作ったものだもの。
本当に謝るんだったら死者の世界に行かなきゃだめでしょ。
行って確かめなきゃ。本当ならばそのくらいの意気込み見せて。
人を勝手に葬っておいて自分が社会に残るって変じゃない?
人は殺すは、行って謝れないは、残虐な癖にあの世は怖いだなんて。
当事者の心境としては「一回死んであの世行って来て報告下さい」って言いたいでしょうに。

極端な話でしたが、自首は反省が伴って初めて成立する。
これでは犯罪者とただの取引したことになっている。
勝ち誇らせてどうするの?今の裁判、量刑にも問題が有る。
刑務所と社会に生活の差がなければ、刑務所に進んで入りたがる者も出て来る。
被告人の反省無き裁判には意味がない。

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