一時的な記憶曖昧と家を出た理由


私は忘れてしまったのか(そもそも正しくは中学、を高校と記述記入間違いが有ったので訂正)
母の亡くなった日の記憶が曖昧。
母が入院したとき無性に病院に行きたくて
夕方父に一緒に行きたいと言った。
父が大丈夫だと制すからあきらめて行かなかったが
「その後に亡くなったと言う知らせが入った」
それ以前の記憶が曖昧なのだ。

これは中学校の校内放送に呼び出されて
家に帰ったという記憶があることから、知ったのは「中学校」で

ということは朝から喧嘩してという記憶と食い違う。
仮にそうだとしたら
推測するに朝、機嫌の悪かった私に

母から「朝の挨拶や(行ってきます)はどうした」とかすごく怒られつつ登校し
その日に入院したということか深夜姉と二人寝ているときに電話があった。
すごい不安と恐怖
病院が大嫌いの私が自ら切実な思いで、虫の知らせというものか
「母の見舞いに行くなら付いて行きたい」と父に言うと
「大丈夫だから」と遮られたのだ。
そして翌日は学校に行った、そして校内放送で
呼び出されて帰宅したということだろうか、多分そうだ
この日の記憶の曖昧さ。

ショックと古い記憶なのとで忘れたのか。
嫌な出来事で全くと言ってよい程反芻しなかったから。

父は私の大事な関わりをいつもこうやって無下に扱ってくれた。
姉との格差扱いをし、「お前さえ我慢すればうまく行く」と
わがまま放題に育て扱いにくくなった姉の責任を
子供の私に転嫁した、この父の言葉で
19歳の進学を期に私は家を出る決意をしたのだから。

母は高校進学時のときにはすでに他界していた。
書き間違いにも程がある。
高校の体育の授業の時の教師←女性、がすごいヒステリックな人で
またこの人が小学校の時の恐怖を再現したかのような怖い教師で
全ての生徒に対しての指導が制圧的で(舞踊の歴史授業や実技)
自己の世界観が強過ぎて何を言いたいのか解らない上に
「あんたの親の顔が見てみたい」とか言われたことに悲しくなり
泣いてしまったという強烈な印象の記憶のせいで時系列がおかしくなって
しまっていたようだ。
プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







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