花のある生活

はなかんざし

鉢を下して写真を撮ってみました。
左は花かんざし、右はフレームアウト気味、桜草。じょーろはこの際ご愛嬌

今年は本当に身も心も寒く庭の花達にどれほど癒されたことか。

冬に咲く花なんてあまり知らなかったのですが探せば随分あるもので、
可憐で鮮やかなキャンディマジックとか
冬の薄曇った灰色っぽく感じる風景を華やかなコントラストで一変させてくれる。

昔、桜の花見は、庶民にとってはその咲き方で一年の豊作などを知る(予想)
神事の様なものだったのだとか。
自粛や規制で風流さえもを無くしたら殺伐とするばかり。。
被災地の方々を、花見に連れて行ってあげたら良いのに。

あんなに熱を持った原子炉に何故海水を注ぐのだろう?と思ってました。
冷却はこれしかない、急場で仕方がなかったみたいですが、一か八かの賭けに出た。
(熱で蒸発したら塩の結晶が残るけど良いのだろうかと)訳で
今回の樹脂提案やはりナトリウムが疎外要因になってるのだとか
でも雨水をコーティングする形では効果的のようです。

アイディアだけは注いでほしい。
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自粛

「自粛」、今回被災地は寒く春が待ち遠しいのだと

そんな中花見も自粛なんだとか。
年に一度の桜、桜の花に敬意を示さず散りゆかせるのか…

石原慎太郎都知事
「同期の桜」って悲しい戦争時期の歌も有りますが
お花見は駄目なの?お酒を飲んで花見するばかりが花見じゃないでしょうに
今年はお花も咲きませんでした、見て見ぬふり、みたいな気分、撃沈気分。

戦時中日本は負けたが連帯感は素晴らしかった。のだそう。

連帯感は、間違った時、連帯して間違うけど。
協調性は良いけど
連帯とか連帯責任とかは時代にそぐわない事も多い

経済は日本が元気を失うことで衰退中。気分が沈めば買い物欲も減る
西日本も合わせて経済衰退中らしいです。
日本経済を立て直すのは被災地の為の代替え消費でも良いはず。

わが本県でも物資の受け付けがしばらく有ります。新品に限る。
消費まで自粛したら大変、買占めはいけないけれど、
被災地の為の買い物とか被災地への調達のための買い物とかまで
消費の低迷で買い物欲を無くしたら日本が立て直せない。

日本のムードはマスコミも合わせて沈滞させるメッセージを流してる気がする。

睡魔には勝てず

どこででもいずれ

おそうじちゅうは段ボール箱に仮住まい
脱出を必死に試みるじゅじゅです

ガサゴソ ガサゴソ

脱出出来ないとあきらめると

し~んそのあと
ぐ~ぐ~
いつでもどこでもこんな感じで
「し~ん」とするからどうしたんだろう?ってびっくりしてこっそり覗き見。
こんなことだったのね。
あら、いっちょまえに、しっぽもちょんとある、

これから先はハム小屋掃除も私の役目。
連れて行きたくてもムリだから、断腸の思い?断爪の思いくらいでしょ?

弁舌かなわず

このところの主役は枝野さん、首相かはたまた、東電の方かと言うくらいの存在感。

仕分けの時でも他の追随を許さぬ弁舌で相手をやりこめる。
今回の原発問題も記者団は全然つっこめないと言うか、
逆に質問をかえされ、冷笑されそうでこわい、
と言う様なクールさと、(ジブリの誰かに似てる)見えないバリアで守られてる感じの枝野さん。

記者さんも見えないバリアにすくんでないで、国民目線の質問をお願いしたい。
だから何一つ被災者目線の細かい話しに行かないし、話も全然進まない。
勘違いなのに、観てるこちらは好印象。原発以外の、柔らかい配慮の話は苦手みたい。
相手(政府)の術中にはまってる。

昨日見た動画フジの被災者ドキュメンタリー編(民法各局とNHK 速報までの時間を比べてあったもの
NHKが断然早い生死を分つ差)そのまま見続けて行くと
生で現場に踏み込んで「今まさに」の瞬間の悲しみをカメラ向けて撮っている。
ぶしつけさの極み。

被災者(当事者)は何の用意もないが、カメラを向けられていると言う世間体の手前、
(子供)不自然な反応でカメラにおさまって。普段の気持ちと違うであろう反応。
生死の境を知る瞬間がまだと言うのにカメラを向ける。
撮りたいのは、いったいなんですか?

それとは対照的な車の窓を開けていた為、たまたま津波情報を聞くことができ避難の建物、屋上へ。
途中歩けなくなった女性を介助するため様子を撮ることをやめた被災地の記者
現場の足元だけが映し出され恐怖と階段を急いで上る緊迫した荒い呼吸だけで終始する内容
これだけでもう充分過ぎる程伝わる。あっという間の津波

当事者と部外者の記者に、こんなに差が有って良いものか、テレビと言う媒体で国民を愚弄する
感受性やいたわることをバラエティ慣れして無くしてる。



もこちゃん

大変

二人がかりでないとお薬を飲ますのは大変

とりあえず、歯はきれいでしょ。

こんな事でも無いと、うさぎさんのお口なんてみる機会ない。

この後、もうちょっと奥歯あたりからお薬

動画とか見るとケージ外から注射器型のスポイトで
ぐんぐん飲んでくれるうさぎさんとか見て驚きなのだけど(もこは絶対のまない)
なにせ、もこちゃんの好き嫌いは半端じゃない

タンポポ、はこべ、その他の野菜もおやつ程度にも全く食べません。
唯一主食のドライフード、牧草。「これしかないよ」と与えてもうかない様子
パリパリサラダだけは大好きだけど与えるなと言われてしまって…

獣医さんとこに行っても
検査検査で可哀そう。お金ももちそうにない、言ってる事もよくわからんし。
何であんなに決めつけてしゃべって、話しかたが否定的なんだろ?
推定寿命は言われるし飼い主は傷つく。

CMのイメージ

日本はつくづく資本主義でないとまわせない国だと思った。
社会主義国でやっていけるのは国土、地盤の安定した国でないと。
国民から安定的に税金を搾り取るなんてことはできない。
今の政府、とても社会主義っぽい、でも税金は上げないという矛盾
打ち出の小槌でもだれかが、持っているのか
「資本主義で安定」、日本は特殊な国だから、他の国にない製品やアイディアグッズが誕生する
今、政府は冷淡に厳かに(風評被害につながリかねないことを)実行してるけど、
その先に(売り物)財源はあるのか。
売るものは無い、保障はしなければならない、国政が一番困ることなのに。

今盛んに流れてる「え~し~」のコマーシャルも、洗脳的
ほとぼりが冷め聞かなくなるときがやがて来て
しばらくぶりに聞いたら「本当に拒絶反応でしょう、あのころをフラッシュバック」させるCM
わざわざいやなイメージのCMとして定着しなくてもいいのに。
出演者だっていやなんじゃなかろうか。

3月はどうにもいけません、4月おちついてくれたらいい。

洗濯板

エコ?

この度何度か娘の住む福岡との往復でやっと道を覚えました。
大都市天神を通らないでいける手段は都市高速!!

カーブが有ります都市高速
出口や、その後の曲がり角を間違えたらカーナビ無しでは絶対帰れません。

最近洗濯も少量ならと言うことで洗濯板を購入。
娘は本格派木製を購入、プラ製の方が使いやすいとの感想「高かったのに~」だそうで。

洗濯板でどこまで頑張れるものかタオルなど洗った日には案外すすぎに水がたくさんいります。
すすぎは洗濯機の方がいいのかも()
福岡はゴミ出しが夜なのが良い。(交通量を配慮して夜間回収なのだそう)
本のこちらは、ゴミ出しルール細かく、分別仕分けに時間がかかります。
今は、上手くいってるかもしれませんが色々なミスが増えてくる一人暮らしの老人の方や、病気の方はゴミを出さなかったりして(出せない)
後々にはゴミ屋敷を増やすだけな気がする。聞こえはいいけど詰めが甘いと思う。
その点もっと、合理的な感じの福岡

重い思いをしてお水は購入(笑)
便利なところもたくさんだけど、しばらくは慣れない思いで大変でしょう。

地震 政府の対応

昨日番組を割って菅総理の演説?なんだか、かなりな時間のずれを感じました。

今頃、地震(起ったこと)に対しての心構え?
一歩先を行き国民の不安を解消するどころか所信演説みたいな。
校長先生の朝の無駄な長い挨拶に似てる、聞いてる方は立っていて貧血起こして倒れたり、
偉い方だから生徒は我慢を強いられる。

ところで菅総理健康状態は大丈夫なんでしょうか?このところの日本の緊急事態、なんだか
精彩に欠けるし枝野さん(原発問題の時のみ説明)の会話とはずいぶん差があるような。
とてもクルクル事態が変わる今、放射能の心配、屋内待機とか。
でもこの場合一軒一軒の住人の把握、食料の問題とか買い物、
病気等の対処も何も通達されていない。

民主党総動員で一つ一つの問題対処と国民に説明をすべきと思うけど。
無政府状態にみえる。
国民にやってもらうばかりで人任せ
テレビで「え~し~」同じ倫理感で動きなさいのストレス放送ばかり。

ガソリンの問題、物資の到着時期や見通し、放射線量、終息時期の具体的な説明もない、
昨日などは放射線量より心の問題の方が重大とか言ってる専門家が居たけど
微量だろうがなんだろうが放射線の問題と心の問題一緒にしてどうするんだろう。

放射能(病)は気からと言いたいのか。

仙石さんがまた役職に就いたようでしたが、今「自衛隊」の重要な役割
原発という一歩間違えば暴力装置にもなる巨大な存在に決死の覚悟で立ち向かってる姿
どう映っているのか尋ねてみたいです。どうせ期待できない会話内容でしょうけど。
どさくさん、こんな時だけシビリアンコントロール?

計画停電

計画的でも停電は怖いです、すっかり電気に慣れ切ってるから。
以前台風で信号が全然ダメになった時、車はカメさん走行
自然と譲り合いで結構スムーズだったことを思い出します。

田舎育ちなのでまっ暗闇の夜道(夜は出歩かずがほぼ原則)(笑)
真っ暗になる近辺の様子には結構慣れてる。

まっ暗闇にも目が慣れて来るとうすらぼんやり周りが見えて来て。
でも、危ない事に変わりは無い年齢や目の健康状態にもよる。

こう言う熱源の無い時は、アルミと毛布が一体になってる掛け毛布とか
足元の冷たさにはジョイント式のコルク素材の床マットを敷くとか
色々工夫が有ると思うのです。
チリの岩盤事故の時のようなアイディアグッズの物資配達してほしいものです。

原子力の電気生活を、考え直す時なのかもしれません。
より未来の熱源最近電気だ電気だとクリーンを叫んでいて原子力事故を忘れた?
と思っていたところでした。でもこんな事が想像できたわけでなく。
家では停電になるとろうそく代わりに携帯を開いて灯りを取り、あたりに気をつけて次の行動をとっている。

フジは何で沢山の支援国が有る中で唯一の韓国ばかりを取りあげるのでしょう?
あの日、ホリエモン株騒動がネックになって韓国がフジの資本元になったのでしょうか
韓国と日本それほど敵対国にあるとは思はないのに。どさくさに紛れて「韓国よいしょ!」
有るとしたら一部だし、小倉さんなど日本側の人?(少なくともここで働いて生活してる)
かと思うくらい被害者意識を持って?韓国を庇う。

テレビラジオの役割

最近悲しみに満ちてる
そんな中でも感動の涙も有ったりして、なんて日本は世界中に愛されてる国かと。
日本の悪口(犬呼ばわり)を言って袋叩きにあった某国の権力者の話や日本へのメッセージの数々。
本でも読んで良く耳にしていた。

国そして団体個人の世界に対する考え方、アニメもそうだし日本人の倫理観や道徳心
積み重ね、コツコツと優しさを世界中に振り撒くと言う善行を行って来たから。

それらは、ボランティアの方たちだったり、姿を見せずともの支援の輪だったり。

出来ることをして見守り祈るばかり。
間違いのない赤十字やゆうちょなどからの義援金が良いらしい
物資はまだ届けられる状態では無いとの事。
この期に及んで義援金詐欺など不届き者が…

やはり懐中電灯、枕もとには靴(割れたガラスで怪我をしないよう逃げる)
そしてなんと言ってもラジオ
避難所ではテレビも映らない、緊急時情報は昔からラジオで得るようになっていたのを思い出した
テレビは情報を得る事では被災者側にあまり役立たない
ラジオを重視できるよう見直さなければならないし、見直すべき。

今回で言えば咄嗟の時のテレビは非被災者側の媒体、傍観者の物。



地震報道

地震報道、
バラエティ専門で厳粛な報道に向かない局、猫も杓子も地震報道。

実況中継しつつ、淡々と助けもせずカメラを向ける撮影者とか。
叱られても自分で編集、それでも流す。
津波の衝撃映像を繰り返すので観てるこちらは何度も何度も
ショックを繰り返させられる。

これは他人事ではない、非被災者の立場を責めると言うバカげたことをしてはいけない。
日本全体が衰退したら復興が難しくなるのだから。
精神状態が前向きにならない限り健康的に元気に動くことは出来ない。
わざわざなんの益も無い衝撃の実況中継を繰り返すことして日本全体を精神的に
衰退させる様な報道はやめてほしい。

普通でいられる人達が感受してしまう優しい人たちの元気まで取り上げて何になるのか
現状から遠い人達のような質問を現場に投げかけたりするくらいなら
いっそ放送をしなければいいのに。流せる番組が無いか
ひんしゅくと放送事故を看板としてる事が今回で露呈してしまいました。フジTV
「衝撃映像なんたらかんたら…」なる番組
傍観者のように見つめ冷笑するバラエティ番組を最近までやってました。
国民に与えた影響は甚大。それでもやっぱりやめないようす。


巨大地震

娘が「あっ地震!」こちらは九州、殆ど揺れは無かったようでしたが。
そう感じたそうで
 すぐにTVで確認したらわが県どころでは無く震源は、三陸沖。

同時に揺れを感じながらも冷静に呼びかける読売テレビのアナウンサー

フジアナウンサーに不安を煽られやたら不安にさせられる。
声の調子や息使いが。

これはただ事では無いなと呆然とテレビを見つめ、
自然災害の恐ろしいこと、だたただテレビでしか情報がつかめず
悪い夢を見ているようで。
娘は知人を電話で確認するも、「目の前で爆発が起こった」と聞き驚きの様子。
東京へ移り住むことになった娘の同級生です、無事で何よりでした。
こちらも備えと、もしものときの対応、改めて考え直しです。
自然の脅威、この心情なににもぶつけようのない…
何故にここまで、と嘆願の

出来る限るをして、祈るばかりです。

働くお母さん

昔共働きでかぎっ子だった私の憧れ、
家に帰ったら
額の汗を見て「汗かいたね、シャワーでも浴びたら?」ってお母さんが声をかける。
妄想
こう書かれた小説の一節に非常にあこがれたものだった。
「おかえり」の声にどれほどあこがれたものか。
父の再婚相手は専業主婦、ほんの一時期を一緒に暮らし家へ帰れば親的存在がいるを経験、
血縁で無くても家への暖かさ安心感を感じた、ほんの一時期一緒に暮らした時期があった。
今の時代は、そんなお母さんの役割に微塵の価値も見出してない、
働く女性を男性でさえ高評価、そして大事な稼ぎ手。


当時、自分はと言えばわが子誕生から仕事を辞め(仕事は嫌いではないが子育てとの両立はムリ)
自分の満たされなかった願望を子に
与えては私の子育てはどう?(みたいな)と、
どんなにわが幼少の一人の不安と孤独の昔を語ったところで
ぽっかりの空洞を埋められなかったさみしさを子への代賞行動で埋めようったって
それは所詮代賞でしかない。
子供は逆に最初から「それ」は満たされてしまってる。

そうして今度は子供自身が満たされなかったことを実践するのだ。
今後の子供の生き方が親への評価だろうか、項目が違うから恐怖。
働くことは、女性だって同じ、野心が満たされるのだ。
より多くの人の役に立ち(賞賛を浴びたい)たいのだから。
その前に生活の為の金銭も。
そうやって、いつの間にか性別も取っ払われてくるのだろう。
働くことを夫婦で許しながら女性の役割も家で果たそうとしたら
普通に考えるなら立場は女性が上になる

子育てはそんなに簡単なものじゃない。
「親は無くとも子は育つ」は慰めであって正論とは思わない。
今の様なやまいだれの日本、「見守る目」失くして子が育つものか。

それでも歴史は繰り返してしまう。
プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
196()年生まれの
9月後半生まれ
本来初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







人と同居しているのは

サバ虎の
ねこ
ちわわという種の
いぬ




まざーぐーす
だんだんばかに
なってゆく
に抗うべく
文章作成







日常のグダグダを
まとめ整理する
のーと

そして
まとまらないという

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