椅子取りゲームのような早い者勝ちで優位の椅子に

学校=不安 がっこうは、ふあんなところ

特に、クラス替えや新入生達の頭の中には漠然とした不安が渦巻いている。
新しいクラスでうまく立ち回らなければ…と。意気込む
生徒は、幼稚ながらもいろいろな妄想で良い立ち位置に立つシュミレーションを行う。
その方法はテレビの影響、お笑いの「いじり」のようなものが混ざっていたりする。
子供と言うことで加減がわからず、
人の気持ちにたいしても経験乏しく痛みもわからないので結局は残酷を働くことに。

誰がいじめの対象になるかは、まったく法則は無く
白羽の矢が当たった人質のように決まる。

強弱が有る程度決まった教室でいじめられる立場の子が必死に抵抗し言い返した言葉
その必死の言葉がまた未熟だった、そこを突いて「この子がいじめた」と被害者顔で
いじめっ子が言えばいじめの構図はそれが理不尽だろうと定着する。

優位者の意見が通ってしまうのが社会の中の弱肉強食の常。

公平とか平等とか人権とか思いやりとか勇気とか失くした
全てが生かせていない知性無い未熟な教室。

その教室を唯一統制できるのが教師なはずなのに
不幸なことにさらに、リーダーとしての機能を失った教師が、無法地帯のボスになる。

椅子取りゲームのように優位の椅子を取り合う
ルールを失っているのでズルをしてでも椅子を取る。
椅子を取り合って座ることが出来れば安心の境地が手に入るのだから、必死。

いじめられっ子はいじめっ子のための保険のような存在として生み出されるもの
それはきっと、皆が持つ「不安」から来るのだと思う。

(今回の大津市の問題は特異性、異常性を感じるので
「不安」とか言うこの感想はちょっと当てはまらない、どうも組織犯罪のようだし)

平等や人権が最低限、徹底していれば突出もないのだから
突出し過ぎの依怙贔屓の対象の生徒を作り出す教室は
未熟さ上に、皆が不服な上下関係が出来てしまう。
いじめられっ子は誰がなるかなんてわからない。
敢えて言うなら不可抗力で立場が弱くなったとき。立場を失効させられた時。

いじめっ子は本来ならいじめられる(いさめられる)立場に限りなく近いから(自覚は有る)
そんなことになる前に、力でねじ伏せようとする  
ジャイアンの法則(そんな法則はないけど)
「学校って戦場のよう」、そんな気分にさせない教師がいないと地獄。


いじめに加担する先生?   居ます。
私の子供時代から今まで身近にいた問題教師。
呆れるようなヒステリックな教師や、

生徒と一緒になっていじめに加担する教師。
これが一番ひどい教師でした、いっしょにニヤついてましたから。
狂喜乱舞を押し隠した様子の男性教師。

たいていは教師の指導力不足と人間性の問題。











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CHAKOMOKO

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