学童保育がなくて預かられっ子

昔は無かった学童保育。
働いていた母は私を幼少期の何度かを近所のおばあちゃんちに預かってもらうようにしていた。
那須ばあちゃんと呼んでいて子供の私は🍆ばあちゃんだとおもっていた。

おばあちゃんはとても穏やかで優しかったが、私が無口な分、会話はポツンポツンとする程度。
おばあちゃんちのタンスの上の飾りケースに、かぼちゃに乗っかったご当地お土産らしきお人形が
飾ってあった。
子供心に特に目を引き、なんでこの和人形はどてかぼちゃの上に立って
澄ましているのか、たたずまいが不思議で不思議で。

その日修学旅行に(九州方面)行っている姉のこともあり(今になって思うのが日向かぼちゃの宮崎土産?}
高揚感でおばあちゃんと話をしたのが唯一記憶に残ってる。

「お姉ちゃんがこのかぼちゃ人形を買ってきたりしてね」
この会話、おばあちゃんがしたのか私がしたのか覚えてはいない。

さて、姉帰る、お土産を開けて驚いた。
包みの中には本当にあのかぼちゃの人形があるではないか

姉の旅行中のそんなおばあちゃんと私の会話を聞かせて
姉も驚いていた、と言うか笑った、相当目を引くお人形、
東京方面ならテナントか東京タワーかってところ
(でもこの和人形画像検索しても全然出てこない)

話変わって
昔、子供は預けられていても今のような規制無き奇声は発していなかった。
声のトーンにも行動にも子供なりの、たしなみが有った。心の健全さもあって
逆に私の場合は会話を逡巡し過ぎて子供らしさが無かった。

最近の子供の歓声はもう奇声でしかない、遠慮のないかん高さでギャーギャーや
所狭しとスーパー内を走り回る。ここは車が無い安全な場所?

かたや、野放しに近い野放図な最近の子育て「子供のすること」で
何でも許されようとする子育てをたまに見かける。

本人の意向不在の預けられっ子も不幸だけど、子育て方は本人に返ってくるから
しみじみ思う。

プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







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