アルジャーノン

アルジャーノンに花束を
ドラマ化されることもあって本も簡単に見つけられたので、
いっそ、有名だし読んでみようと思って購入。
飼ってるネズミのかわいそうなお話?くらいの前知識しかなかったが…

主人公語りで始まるので
読み始めは、たどたどしく読みづらい。
だけど、作品の凄さもさることながら、
こういう部分の翻訳の素晴らしさにも感動した。
最後はこの部分が一番生きるから。

このような緻密で繊細な感情表現はアメリカの作品には珍しいと思った、
ファンタジーや寓話の世界なんかが上手いのがアメリカだと勝手に思ってる。
さながらヨーロッパあたりの作風
ただチャーリーの身に起こった事柄はアメリカっぽい。

ドラマ化に当たって個人的にチャーリーには、もし芝居が上手ければ
篠山輝信さんなんかがイメージされて
実際のドラマ化で起用の山下さんなどは
読み終えてから納得。
小説とドラマでは状況設定など、随分違うのだろうけれど
あの山下さんのネズミのアルジャーノンをいつくしむ表情はぴったりだと思って。

以下小説読んでの感想、

この小説「涙する」とあって、いったいどこで?と思いつつ
生や死のような部分の表現に畏怖やら恐怖やらで
最後まで涙する機会が来ないでいてこのまま?と思ったが
最後の最後で結局号泣した、悲しいという涙ではないのに。

タイトルの意味が漠然としたものから完全に。

チャーリーの体験は一生を過ごすみんなの体験と思う。
若返る動物実験が成功すれば話は違うだろうが。
賢い時の
愚鈍な時の
微笑みを投げかけてくる相手を感じられるのは
受け取る心の状態によるのだなと思った。

ともかくSF作品というより文学作品と思う。








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なまじ勝たないほうが



一番強くて、きれいな時期
なのに暗く撮ってしまった。
さくら、申し訳ないねぇ。




正直、大塚家具のお家騒動は、ひとまず会長側の勝利の形のほうがよかったのでは
と思ったけれど、
そうすれば自ずと自分の経営のまずさとか間違いに娘を介せず自覚出来た。

でもあの総会で、取り乱して
感情的になる気持ちはわかる。
(冷静VS興奮=興奮の負け)
火に油を注ぐみたいな構図。
社長はたぶんこの方式を利用したと思う。

会場で会長サイドといえばと言えば終始、激昂
憤懣やるかた無しの様だったし、この会長に任せるのは……
と思うのは必至。
仕事を離れた時、家族間で恨みの残らない形ならそのほうがよかった。
総会傍観者サイドのほうも結局つられて感情的な結末、
これが吉と出るのか。




いろいろと番組改変の時期
なぜか居残った人も、周辺に上手い人が配置されるほど
目立つ。
どうなんかなーって
ちょいとのぞいてみただけだけど真矢みきさん、
別段ファンではないけど、なんていうんだろ
気が利いた会話ができてる気がする。

でも、本当ににすっきりした「スッキリ!!」を見る回は増えそう。

クイズ




出題者》
早押し問題です。


「猫に」に続く言葉は?








にゃ 「ピンポーン!!」









出題者
「ピンポーンって口で言ってもだめです
それにそこ、ボタンじゃありません」

「ま、いいや答えどうぞ、にゃさん」

「またたびにゃ」

違いまーす



「猫に、、

小判でした」

にゃ 「賞金は現物支給でお願いするにゃ」

出題者
「まだなんにも正解してません」


環境に馴染むって

世の中は
ニュースに引っ張られてる感じがする。
暗い話題ばかり流す
延々と。

ドラマに引っ張られてる気がする。
過激な波風が
面白いと言うみたいに。

「鶏が脱走した」(何の不満があって?)がとんでもないニュースになる国
に憧れる。

「悪いニュースに毒されてる国の頂上決戦」するくらいなら
明るいや、楽しいニュースに浸れる国のが良い。


こんなに暗いニュースに引っ張られて
自ら犯人を演じてしまう人間が続出するあたり
明るいより暗いを好む傾向にあるのかな。
人間の一員に早くなるためにこの場に馴染もうと
ニュースやドラマの世界が主流と勘違いして
ニュースの事件をまねたりドラマの主人公をまねたりするのかな

でも、生まれたての赤ちゃんや、子供は「そんなもの」選んでいないと思うけど

物心つくころには、なじんでるから怖い。

人生の中の空き時間

この春めでたく大学卒業の娘。




内定もらってませーん。
就職決まるまでお引っ越しもできません。
大学の寮があまりに時代錯誤だったのと(お部屋は冷房なしの自然風)
過酷な気温変化に調子を崩しやすいので
寮に入らず一人暮らし。

これはこれで(急に)尋ねても部屋は掃除されてたし
これのビフォーアフターでは自制、自炊、自己管理の力がついたと思う。
(なんと、「喉のために暖房を使っていない」とな、
ひたすら「こたつ」でまにあわせ)

薬局のレジのアルバイトもしていたし、
大学4年間は友人にも恵まれ充実のことだったよう。

高校はあまり楽しそうではなかったから
よかったなと、。

国試も終え、後は内定、就職なんだけど。
求人が少数だし、出にくい職種なだけに職探しが難しい。
この前の面接なんて
面接官と学生が同郷の同じ大学出身ということで意気投合したらしく
(ありえないシチュエーション)しかもサイレントだった。
娘は面接が苦手なうえ、非常にやりにくかったそう。

ただでさえ同郷や同じ出身校で盛り上がる傾向強い熊本県。

福岡にて職を探す選択、
先を見る目が着実な子だし、いい意味で「いい加減さ」も持ち合わせているし。
あまり過剰な心配はしてないが。



基礎からやり直したい

なんでこんな家建てるかな
日当たり不良
くっついいて家が建ってるわけでもないのに
間取りが変で、暗い、この時期になると、もうお外のほうが暖かい。
通気性が悪い。だからおのずとその類の不具合が。

「もしもーこんどー家を建てるならぁ
ふつうの~おうちを建てーましょうね~♪」
ナントカ明子さんの替え歌風

まったく


ここに来たらもうすでに割と「建ててそう年数の立ってない新しめ」の家が、
建っていたという。
自分でないたとえば他のお嫁さんだったとして、助言するにしても
「一緒に建てたら?かわいそうだよ」
未完成みたいなものよ、
防音工場、風呂改築、家族が増えて増改築
急場の、「今要る」の、ここで使うからたまらない、の貯まらない。


日本語訳読みつつ
ちょいと古めのCD出してきて
クリスティーナ・アギレラの「ビューティフル」聴きながら

自信がすごい

「色々遠いわー」

リズムネタへの微笑み返しが煩雑に繰り返されてこんなことに

まあ人の好き嫌いはそれぞれでしょうが
「ラッスンゴレライ」(つい覚えてしまった)
は個人的にきつい。

不快CMは不快なだけに繰り返すのが最大の悪。
リズムネタも然り、不快を感じないのはまだご披露前、
飽きていない最初だけ、
あまりに頻繁に繰り返されることで飽きてしまうことが不快の源。

続くことが、不快なだけでは、とどまらないのに。

子供が一度ウケると何度も何度も飽きもせず繰り返す
○んちフレーズに似てる。
「○んちー○んちーぎゃははは」×100
2回目くらいまでは本気笑いなんだろうけど。

そのうち、聞いてるこちらはその姿に違う意味での笑いを起こす。
その親たちの笑いを見てこれまた「ウケた」と勘違い。


「しまった!」
と思いつつ、この光景が延々続くのなんのって、、
これも親子同伴バス旅行などで繰り返されること甚だしい。

密室だけに。
そこここに、だらけた笑い顔の群れ。

知恵を与えられたがために

人間はあまりに厳しい現実があるとその記憶を
脳にとどめないようにとする作用が働く。

でも忘れたわけではなく、そうすることで脳を守っている。

毎日毎日これほどまでに残虐が働けるのは
人のみか
人間にしかできないのが笑うことと祈ることの裏面には
さげすむことと 呪うこと
でもあるのでは、、と思ったりする。

毎日どんな獰猛な動物よりも凶暴な人間がどこからともなく
銃を持って現れ出て乱射、、、結果、射殺されている。
こんなに意味のない空しいことをする、人間が一番バカなのかもとも思う。


執拗なまでに隠れ、現れても覆面をしているだけに
悪を働いているということに自覚はあるようだ。

駒として動かされた、よく理解できない者たちを動かして。
首謀者(飼育者)たちは隠れている。
コソコソする神などいないから。

細かい感覚

社会情勢と
温度差を感じる内容となっておりますが、、



なんでこんなに甘くする?
甘いものは好きだけどケーキは、2つまでがぎりぎり美味しく食べられる範囲
いや、2個めは正直、無理かも。
3つ目はさすがに苦行だろう。 (そんなに無理にまで食べんでよろしい)
が、甘いものは好き
チョコも好物だし…チョコなんてチョコチョコ間をおいて食べるから
意外と食べてる。

昔苦手だった和菓子まで好きになって
糖分の摂りすぎは常に死活問題になってきてる。

たまに、甘さひかえめを否定して「甘すぎ」を所望する、つわものがいたりする。
「甘さ控えめ」とか書いてるディスプレーがほとんどであろうが、もっと詳しく
糖度を3段階くらいで表したケーキの売り方もありだと思うのだ。
でもそのような売り方を始めた日にゃ、
きっと「普通クラス」しか売れない」と思う。
ショーケースに並んだ商品を見て
急に現実的になってしまうから、
いくら甘いもの好きでも最高の3は、なかなか買わないんだろうな、

それで?




話変わって
やっぱり、昭和時代活躍した歌手が歌うと、ちゃんと聞き入ってる自分がいる。
決して、歌が廃れたわけじゃなく、日本の歌唱力重視でない最近の歌を
聞きたくない人は聞きたくないだけなんだなあ、って。

松たか子さんや神田沙也加さんは別だけど。
あれって同じフレーズ繰り返す感じの苦手なリフレインだったのに
あまり苦痛じゃなかった。




体調管理

またやってきました、寒い暑いの温度管理が大変な時期が。
夜間暑いかな?って毛布を抜いたり一枚脱いだりすると。
朝方ひんやりしてる肩口に気が付いたりする。

放ってると風邪気味になったりして体調不良になるから厄介。
保温体調法を実行、冷えは大敵。
体調は足先の温度で見る。

足先が冷たい時、体調悪い。
サプリならEPAや万田酵素、漢方で体質を調べてみたり
親切も、微笑みも、余裕も、健康でないとなかなか
出てきません。

元気で余裕でニコニコしてる人は基本健康体の人が多い。
不機嫌さんを「体調悪いのかな」で対応すると腹も立たない。
かな。

単純では済まされない

言葉は本当に一度口から出てしまったらもう消せないから。
「しまった」と思っても。
文章でさえ、消して直して消して直してこれだもの。

このブログだって読み手の方々の懐の深さがなければ続かない。

日常生身の自分は本当は多弁だし、面白がり屋。

往々にして無口にならざるを得ない。
幼少の頃は特にだれが私を多弁な子と思ったことでしょう?
用心深さも相まって、ありえない無口に。
このセリフ本当に口に出して大丈夫?が日常だったから。
慣れ親しめば、「もっと地を出したらいいのに面白いんだから」
「いや、それがだめなんです」人は調子に乗るもの。

ブログは消せるから
だからって嘘を書いてるわけではなく。
誤解を避けるために書き直す、本音に嘘はないものだから
後は読み取り方の、誤解を解くしかない。
苦慮して書いてもこの程度。

「小さいおうち」見て←映画のほう
人は日記でも自叙伝でも自分にとって都合の悪いことは書かないもの。


現代になり先入観も植え育ち
史実がどうだか知らないけれど、何が真実かどうかなんて
もう先に決めてしまって読んでるでしょうし。

好意的にか否か。

杏さんのドラマ「デート」フジなのに面白い。

ご飯のためなら何でも覚える


にゃ、覚えるのは、案外早かった。


お座りとお手。
猫が芸を覚える条件に「食い意地」は必須かも。



今日のスッキリ!!
警察署長は、スタジオでもコメンテーター連に細かく叱られてた、
被害者に対する感情があるからみんな被害者サイドに味方だけど
これではうっかりミスも言葉数が多い分多発する。

言葉の意味
上の責任
謝る順番、
誠意の表し方等、問題視されてたけど、受け取り方の問題なだけのような。

自分があの立場でも、ああいうミスはやってしまいそう、
「そんなつもりはなくても」「そう」受け取られる
不信感の先入観で、相手の一挙手一投足が嫌になる。
坊主憎けりゃが
今や警察。


加速度的発展

地元から一歩外に出て、はじめて地元の良さを再確認するみたい。

福岡に何度か行ってみて目についたことが
子供たちの中には素行の悪さが目につく子がちらほらいたこと。
一度はファミリーレストランで見かけた子達、まるで無法地帯だった。
自転車が乱雑に置かれてた駐車スペース、
食べる所、この辺りは不案内なので
もうほかを探す気も起こらず。
お店内に入ってびっくりした、ひときわ騒々しい一角が有ったからだ。
テーブルに座ってる子もいる、ワーワー大声で笑うしゃべる、
一体何の団体なんでしょう?
10人以上はいたかな?中学生くらいから高校生?たむろしてる。
テーブルには注文の品もあまり見当たらないけど、お店の人も何も言わない。

それから、自転車走行がひどいのにも驚く。
たとえば交差点、自転車がまるで「減速」というものをしない。
言葉で言うなら、、ピャーピャー走る。自分の進む道「前」しか見てない。
いい年したおばさんもお姉さんも、おじさんもだ。

車のドライバーは相当、戦々恐々と目配りをし運転しなければ
「どこから湧いて出た!!」
な勢いで自転車が飛び込んでくる。

そして一番ひどかったのがスケボー少年
歩道をスケボーでシャーシャー、結構な速さだ。
それだけでも驚きだが
そのように少年が意気揚々とシャーシャー行っていたら、
少し小太りの二十歳代くらいの自転車に乗った男性とすれ違った。
男性はスケボー少年とすれ違うと、とたんに自転車を立ちこぎで先を急ぎ始めた。
その動きに「はっ」とした様子の少年がUターン
スケボー、シャーシャーまるで獲物でも追い詰めるかのように自転車を追いかけてる。

肩でもぶつかったのだろうか、でも、どちらが悪い??
明らかにスケボー少年と思うけど、こんな危ないのと絶対にすれ違いたくない。

自転車の男性は年上、
目上だろうが何だろうが相手に弱気な部分を見つけると暴言も吐くし
ここは、子供天国か。

こんなに小さいうちから腐ったような芽をちらほら育み始めて
いつの日か気が付いて自分か他人かに摘み取られればいいけど
教育はどうなってるんだろ?

こちらにも悪い子もいるがさすがに、ここまではない。
厳しい目がそこここにあるから、案外見てないようで見てる。見られてる。
福岡の問題は交通網ストレスではないかと思う、
道も何も発展しすぎてごちゃごちゃしすぎ
テレビで見るものも、治安が悪いと思うシーンは大抵が飲酒運転やら交通関係。

目立つ日常のいざこざ、行く度ごとに見かけるにつれ、
憧れの福岡にがっかりしてしまう。



牧場しぼり生牛乳


大体がスイートポテトが苦手。、、珍しいのかな
なんでわざわざ
甘いお芋に牛乳と砂糖を混ぜた? 勝手な好き嫌いの問題なんだけど。
そんな感じで苦手な牛乳風味、勝ち気味のスイートポテトが苦手。

この博多ぽてとはスイートポテトなんかな?
すんごい美味しい。
スイートポテトは絶対に牛乳じゃなくイモが勝ってくれないと。
牧場絞り生牛乳と紫芋とかのコラボしたソフトクリームが手渡されると

「ああああぁー」ってなる 注(「あ」は点々ありの濁音です)


検索して、調べたところ
この「博多ぽてと」は牛乳ではなくホイップクリームらしい。
美味しいはずだ、
添え書きに牛乳を添えてお召し上がりくださいだって、、絶句(笑)

イチゴとミルク(砂糖)は好き、むしろおいしい
イチゴは牛乳に必ず勝つから。

カボスジャム


今年一月
これはカボス
ゆずのほうは名残惜しいけれど時期が過ぎ
このカボスはまだ青かった時期から黄色く色づくまで冷蔵庫の中にで放りっぱなしだった。
黄色く色づきいい感じになったので(単に怠けていただけ)
ジャムを作ることにした。
半分に切って絞り中を取り出して皮の千切り。
手がとても冷たくなった
ペクチン液を加えて
苦味を少し残す感じにしたかったので一回のゆでこぼし。
中袋と種から取った(加熱した)ペクチン液を加えて煮る。
マーマレードほどの苦みはない

砂糖とオリゴ糖で甘さ控えめ。
パンに、ヨーグルトに、いい感じ。
カボスは果汁が本当に何にでも合う、何にでもかけてしまう。


瓶を熱湯消毒して詰める
二瓶できた
うちの一つは栗の甘露煮ラベルが貼ってあるので
画像なし。
ゆずの時と比べると
甘味控えめで、少々とろみ(ペクチン)不足気味だったかな。

昔こしらえの刑事ものの番組が見たい


猫柄の敷物ではありません。

なんか猫の縁起のいいポーズ
いっぱいとってくれるけど。
別になーんもない。

真剣白刃取りよろしく
お手手揃えて、よくそんな固い枕で眠れたもんだ。
あんたは、昔のお侍さんか!

枕元には今の必需品、「刀」じゃなくてリモコン。

昔よく見てた、刑事ものの番組が見たくなった。
いぶし銀の刑事さんもいいけど
ちょうどドクターもので面白かった
沢村一樹さんと瀬戸康史さんの刑事もの始まる?
楽しみです。

昔拵えのアクションもの、走る、走る、のシーンものとか見たい。
頭脳派のアクション系。

「会いたい」は母親との別れがベースの歌詞

沢ちひろさんが作詞された「会いたい」を歌う歌手の沢田さん(なんかややこしい)
もめてるようだけど
沢田さんは歌手としてこの歌の生みの親を悲しませ
それも無視して喜んで歌ってはいけないと思うのです。
歌で人を苦しませてはいけないと思うのです。

ましてやこの歌の生みの親の作詞家さん
作詞家がいなければ
この歌はこの世に生まれなかったわけだし

聞いてびっくり、
何よりお母さんのことを思って作られた歌なら
本当に不信感だし、亡くなった彼の歌として歌うなんてすごい度胸だなと思う。
亡くなった母親を思って作った→亡くなった彼を思って歌った。
もはや、性別すら違う、状況もまるで違う
そういう死別ということになると
子供にとって親は特別で神聖な存在となるものだから。

歌手の沢田さんは歌詞が生まれたいきさつを
作詞家の沢さんに聞かされていなかったのだろうか
知っていたとしたら感性を疑ってしまう、知らない、尋ねないはおかしいと思うし。
この大切な歌詞のできた経緯を

今回の態度からして、はたから見ていても歌詞を汚されてる感じがする、
早く母親を亡くしたものとして作詞家の沢さんの気持ちがよくわかる。

そのうえ替え歌まで
思い入れのない人がふざけて歌詞を変え歌うならともかく
バラエティ気質まで発揮して…なんて度胸のある人なんでしょう。
私なら「おちょくっているのかしら」と思うかも

原詩と断って真面目な方に
亡き母の歌として歌わせてはどうだろう。
そういう歌としてしみじみ聴いてみたい。

猫はいつも寝込んで


猫が枕をして寝てる
勝手にそこに行って寝た「にゃ」
いい塩梅なんだろうか。
いつも万歳して寝てるのに。

にゃんも調子悪かろうが良かろうが毎日寝てるけど
こちらも猫見そうに、もとい寝込みそうになりそうでギリギリ踏みとどまる。

ここ2月3月特に夜間、
本当寒くて風邪っぽい感じになってしまう。

春が近くて遠い。

ぼんやりして今頃気づく

ぼんやりと感じた感想と断っておきますが
まあ、いつもに増してぐだぐだです。
補強に補強を重ねたような文章です。

最初、宮崎駿の「風立ちぬ」を見ていても
堀辰夫の「風立ちぬ」が全然結びつかなくて
しばしアニメを見た後、小説を読んでいたことに、やっと気が付いた。
小説のほうは、終盤ほど陰鬱なイメージだけれども
終始、風景描写が自分の想像ではとても追いつけないくらい細やか。
緑の小立や坂道、田舎の寂しい感じも。
麓付近や山合いを散策する途中の主人公の軽く浮き立つ
浮気っぽさのような描写もあったりして
実話が元になっている小説。

小説に飛行機なんて出てこないからピンとこなかったのだと思う。
堀越二郎さんまで出てきたんじゃ頭の中、混雑して仕様がない。

小説はタイトルも「美しい村に」繋がってゆくし。
次第に病気で心の安定を保てない節子(アニメでは菜穂子、だったか)
に対して、いずれはと、小説の題材に考えてるような部分もあって
節子に対して本当によく尽くすのだけれど、少し冷淡な感じさえした。

思い返せば、アニメの中の抑揚の薄い感情のない人のような声の表現は
最初の頃こそ小説の人物像に合っているような感じもしたが
アニメのほうの主人公は行動が意外と熱血で、少々声の感じからちぐはぐな感じがした。
感情がこもれば自然と言葉は抑揚を持つものだと思うけど。

喫煙シーンなんて昭和の日本の象徴、
成人になったら
酒タバコ
悪しき慣習で。
男性のほとんどみんなが吸ってた感じの時代、そのシーンがなければおかしいような。
描かれなければ、史実に基づかない、それこそ脚色。

ゼロ戦と結びついてる作品で戦争批判でき描写もあるとか?
よく昔と今をごちゃまぜにして戦争反対の作品を描こうとする人がいるけど
そういう作品、日本って本当に多い。
ボーっとアニメ見つつ例えば、この時代にタイムスリップして
この時代の人たちに戦争反対!!の理由を力説しても
周囲の大半が「この人大丈夫?」という感想を持つであろう時代であろうに。
戦争を非難すればするほど自国の先祖批判になるだけで。
内省著しい、今の日本もないわけだし、批判するだけ虚しいだけ。
同じく戦争をしたことには間違いないアメリカ、
非難ならやり返しすぎのアメリカが先では?


アニメでは地震の後、書架を整理しつつ(火気厳禁的)
火が忌まわしく感じる場所での喫煙シーンは
不謹慎なんじゃないの?と。

(小説の感想)
小説でも描かれていた粉雪舞う戸外での静養(小説の描写で粉雪が舞ってたかどうかは忘れた)、
空気が冷たすぎると咳がでる自分には考えられないくらい。
いくら美しい村でも
昔は、こんなに寒い地を静養場所に選んだものなの?
今考えると昔の日本はどこもかしこも自然豊かだったような
(個人的意見)
小説のほうは終始陰鬱の中にも自然描写の美しさや心理描写の緻密さ。
さすが文学作品、名作と思った。

そのほうがまだましだなんて


鼻デカ
「なんやねん、おもろないわ」と言ってそう。

撮影者 「ご、ごめん…」

三船美佳さん高橋ジョージさんの離婚騒動
女は決めると「その脳」になってしまうから。
「今日は絶対ラーメン食べたい脳」とにてるかも(笑)
それの大型版

高橋さん望みの、違う道は想像の範疇にないし、
頭ン中からおん出したもんは古脳みたいに感じて
逆に毛嫌いしてしまうから深追いは厳禁。
大体修復したらモラハラに留まらず、DVすら心配される。
そんな人ではなのかもしれないけど。
いい気持ちはしなかったはずだから、説教は必至?

こういうとき女は男を立てて味方をし
男は同情心もあるし当然男の味方で
どちらを選んでもいばらだけど、
トゲトゲ小さな歩きやすいほうのいばらを選ぶ。
プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
196()年生まれの
9月後半








人と同居しているのは

サバ虎の
ねこ
ちわわという種の
いぬ




まざーぐーす
だんだんばかに
なってゆく
に抗うべく
文章作成







日常のグダグダを
まとめ整理する
のーと

そして
まとまらないという

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