古風なそして現代的な

最近自分がやってると言うよりもなんらかの働きでやらされてる感が強くて変。
嫌じゃないのだけれど変な気分、思い切った記事、
いつの間にかアップ、なんか変な思い切りがついてしまってる。

これもそう、なぜ?こんな本来苦手なことを?
人類学分野の分厚い書物を読みはじめた(笑)
熊本の山村の小さな村のルーツ
でも序文、プロローグを読んでもまだピンと来ない。
母が生まれ育った村の話、私もほぼ一歳まで住んでいた。
その本によって自分の生まれた地が「日本一小さな村」であることを知り、
またそのタイトルの本があると、
でも手元にはないしましてや内容までは知る由もなく、、
それに褒められているのやら何なのやら分からず。
前置きはこのくらいにして(笑)

母は今から思えば信心深い人、毎日炊きたてのご飯を
小さな(あれ、何て言うんだろ←方言の名称なら解るが)器に水で濡らしたしゃもじで、
「てこてこ」整えて仏壇に備えていて、
私も気まぐれ程度になら手伝いをしたことが有った。
当時の日本ではありふれた日常。
父が出張ともなれば陰膳で鯛の尾頭付きみたいな煮魚とともにご御仏前に備え無事を祈り。
今では子供の頃有った小さなお店等は全部がなくなり、お使いも遠出になり
こんな情緒的日常は継続できなくなった。

毎日晩酌に焼酎を飲む父に食事前に酒のおつまみ、
お刺身等出してからの食事で、歩いてすぐの近所の八百屋さんで
「三枚下ろしにしてください」とか「お刺し身に」がお使いの時のキメ台詞、
心で一度唱えてから言う(笑)よくお使いに行った。

何より父への不満など子供の私たちが言ったものなら途端に叱られたくらい
古風な日本の妻らしかった母。

家庭では古風でも姉さん女房の父より3才年上だったから実質は
手の平で躍らされてる
尻に敷かれてる父、
と内心では思ってはいたが、
だから母と一緒の時は亭主関白(何もせぬという)をやっていられたのだと思う。


母はその当時としては珍しく車の免許を取得していて仕事もしていて
参観日にはキメて来るしで(笑)
当然のごとく働く今どきのお母さん達となんら変わりがない人で。
ただ当時の田舎で、としては先を行き過ぎた感有りの。
周囲には私のようなおとなしめで地味だった幼少期においては
不釣り合いな親子に写って居たことだろう。

母が亡くなったとき父は仏前で、なんで先に逝ったとか、と嘆き叫んで
その時は父も母を大事に思ってたのだな、と思った。
世話を焼かれて生きて来た父だ
早い段階で再婚の話もちらほらと、持ち込んでくる田舎の世話焼きおばさんら
やはり自分の老い先が思いやられるようで。
何より至れり尽くせりの母の亡き後一人で生きていかれる性分ではなかった。
つづく?
プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







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