日本の村、人類学者その(1)

「忘れられた人類学者」読了、
「須恵村の女たち」この2冊の本の感想は長くなりそうなので何回かにわけて書こうと思う。
また、書き直しも有り。

まさかこの本で涙するとは。
これ以降を、私は専門的知識に明るくはないのでほとんど専門的用語抜きの
読書感想文的な軽い感じで感想を書いていこうと思う。

エンブリー夫妻の執筆による人類学はもしかして
アメリカの戦争、戦略に利用された人類学者なのではないかと感想を持った。
なぜなら須恵村訪問の1935年から1年間調査、その後日本はアメリカと対戦、
この日本一、小さな村、須恵村を詳細に調べたことが日本人を知る上で
とても役に立ったわけだから。
その点は「菊と刀」著者であるルース・ベネディクトの書いた
(日本に訪問すらしたことのない内容のため偏見も多々
戦時中のプロパガンダとして使用)本の内容と相反することからエンブリー夫妻が
書いた「須恵村」がいかに偏見のない愛情と優しさに満ちた著作であったかが伺える。

その後ジョン・エンブリーは42歳という若さで交通事故で亡くなるまで
須恵村の真実を誤解なきようにとアメリカの政府に訴えた経緯も。
エラも何度か須恵村を訪れ1986年にも再訪。
父の話によると母も若い頃に会ったことがあるようで、
そういえば昔、写真裏に慣れた字でDear○子と書いた母の写る写真が有ったが
あれこそ夫妻のどちらかに撮ってもらった写真では?と、今になって思う。
父も訝しがっていたが(笑)

人類学者エンブリー夫妻、ジョンとエラ(エラは日本育ち)は旧ソ連に生まれ
日本語が堪能、方言である球磨弁も少しずつ学ぶ(笑)渡米しジョンと出会う。
エンブリー夫妻はクレアという名前の女児も共なって訪問。
後、しらみ事件(笑)で別々になるが、、後に後悔していた。
(エラは須恵村で当時アメリカ人よりも敵がい心を抱くソ連生まれの事実を
村人からの聞き取りを円滑に行うため村民に話してなかった)

なんと夫妻の村の中に溶け込んだものか、
まるで潜入リポート隠しマイクを仕掛けたか←もちろんそうではなく
親密になることで得られた情報、とにかく恥ずかしいくらいに詳細な情報。
村の冠婚葬祭的な行事や寄付などその当時結構な大金を使って
取り入るという手練手管も(笑)
私の最初の感想としては、やり過ぎ感も否めずな印象で多少不服な感じで読み進めていた。

でも、より詳細な調査となれば生の村民の実態を掴むわけなので
それはお互いに承知の上だったと思う。
そこは良しとして自分を納得させ(笑)
なにより夫妻の人柄のよさが村民のプライバシーを解いたのだと思う。
エラ(著書)まとめの「須恵村の女たち」最初はどぎついし、きわどい内容にも辟易した(笑)
田舎独特のその当時どこの村も多かれ少なかれ
未開の村という時代性から来る下品さも、赤裸々に書かれ。
当然その当時そのような下品に思える踊り等に少なからず白眼視する村民や、
教師や知識人達も「ちゃんと存在」居たことは断っておかねばなりません。

いや、日本の神話的(宗教的)な踊りは皆多少なりとも
エロチシズムな表現を伴っておりそれほど奇異では無かったのだろうが
なにせ異邦人から見た日本の風習はよりミステリアスに見えたのだろうと思う。

それで思い出すのが十代の時観た映画「インドへの道」
映画の内容をとてつもなく簡単に要約するとこうだ、
イギリスから来た女性がインドの石像(全てがエロチック)を観て
幻覚→妄想→事件→和解(笑)へと発展する内容
(当時私は女性が何に驚愕してるのかわからなかった)
性の捕らえかたが違っていてそのような営みが
普段、性が神秘だとか自然なことと感じることから一脱していて
次々に現れるあからさまな石像の群れに圧倒され、
余りに赤裸々過ぎてショックを受けたのだろうか。
きっとカルチャーショックを受けたのだなという(笑)


なので(笑)須恵村の踊り等は
日本の途上時代ということもあって「カルチャーショック」で
「下品」なだけに滑稽さも伴い、
すこしもいやらしいとは思わない、個人的に。
だから今は秘密裏になりすぎて性の問題を避けまくるから
性的な行為を曲解するものが多い、
ここでは子供のころから自然と性教育がなされていた格好。
この部分も大人の偏見で
オープンにしたほうが(現代的にアレンジし直す、、専門的に)
あっけらかんとした性への免疫が
できたはずだったのだ。←下品はいけません(笑)
ジョンは後に女性のヒステリーとも言い表していた、
確かに性的弱者に変わり無かったあの頃
不満感をヒステリックに発散していたという見方も、わからないではない。

須恵村も同じく(浄土真宗が多数)信仰心篤く
宗教的意味合いの祭り等も年中行われ、寄り合い
その際の贈答、冠婚葬祭もしかり
(何でも良い、焼酎でも、なにもない場合、マッチとか形だけの紙とか(笑))
とにかく宗教的行事が多くて驚く。

しかも分厚い書物の上、方言が満載で、(私でもわからない)
部落の名前に人の名前も続々出てくるので(覚えなくてはいけないのかと)
そこで生まれた(1才まで)私でさえ大混乱、読み辛いの極みだった。
母は須恵村出身だが一時期佐賀に移り住んだ時期があって
まあ二ヵ国育ちと言うところか(笑)
なにせ、須恵村が特殊過ぎて驚くのなんの、まるで日本ではないみたいだから(笑)
当のエンブリー夫妻が日本のどの都会より自由奔放と言い表すくらいの。
だから須恵村は平均的な日本を現していない。

さて、なにから話したら良いものか
村の良いところ、一度心を許せばともかく親切という人々の集まり、
「寄り合い」は日常だし女性同士の会話は明け透けで
しかし、思いやりで陰口をきくに留まるところなど現代と余り変わらない。

金銭的な困りごとが発生すると「講」(たくさんの名目がある)が行われ
個人銀行?的な助け合いがある。
後に、戦後のアメリカによるGHQ制裁で
須恵村の良いところがほとんどが消え去る運命に。
お隣りへの引越先でも講ぎんなるものがあったのを思い出す。
呼ばれた家に出資金を持ち寄り当番制でもらうという。
これも「賭博扱い」でずいぶんが消滅。
切実な当時の助け合いだったのに。
災害、洪水等で(簡易な)橋が流されれば誰が呼びかけるでなく人が集まり修繕し、
子供が居なくなったときでも同じでリーダーがいてどうこう、
ではなく適材適所自然派生的にことがなされる、自主的なところが現代と違う点。
協同(はじあい)と呼ばれる助け合い、今で言う隣保組、自治会。
集まりの締めは必ず酒宴、女性のキセル(今のタバコ)、
飲酒、独特な隠微で下品と称される踊り(笑)、お喋り
こういう席でその時代、男女が同等に騒げるという風土にまず驚く。
そこには女性の過酷な農作業、重労働、妊婦であろうと
重い丸太を担いで橋を何往復もすると言う
男女差のない労働条件をこなすがため男に有無を言わさぬということもあるのだろうが
重労働の妊娠期間や胎児の育成、母体の健康状態にはかなりの負担が有っても
時代性もあり普通に行われていたよう。
やはりそこまでの闊達さがなければ飲めや歌えの同じ立場での酒宴は実現し得なかったような。
そこには当時の、勝ち取った立場、
封建社会の耐え忍ぶ女の(お産の時は別として)悲惨さがなく明るい。

良いところ探しながら


はみ出すにゃさん。

にゃさんが余りに出入りがうるさいから
猫扉にカバーを上からストンと落として使えなくして、
してやったりと思ってたら
このたびそれを前足で地道にこじ開け頭をねじ込み
体で押し上げるという芸を覚えました。
「えらい、えらい、」
いやちっとも偉くない。

「松橋事件」証拠不十分で無罪の判決が出ました。
警察が初めから都合の良い冤罪につながるシナリオを書いてることが改めて立証された。
今、証拠との照合が盛んになっているらしく
今回のだって切り取ったシャツの片袖で凶器を巻いて犯行に使ったって
シャツは出てくるし片袖も存在、しかも血糊さえ付いていない。
もう取り返しがつかない、
34年の歳月もう「無罪ですよ」と本人に聞かせて最初感情が伝わったような表情だけれど
後は無感情な感じ、、認知症がだいぶ進んでおられて。
証拠不十分なのにこの歳月はおかしい。
証拠と照らし合わせることで再審が増えただなんて、
どれだけ今でも冤罪があるかってことでしょう。

世の中を変えていきたいなら
綺麗なものとか感動的な瞬間を探して見ていけばいいのではないかと思う、今日この頃。
ゲノム編集は遺伝子組み換えとは違うから医学分野でも好意的に見ている
個人的にだけれど。
(倫理観を無視した中国のとかは言語道断)イメージを悪くしないで欲しい。

通じないことが歴然と

年甲斐もなくメソメソしてたら
「メソメソするな!」って聞こえてきてやっと切り替えたのにやっぱり、
そういえば、母の葬儀の時も「泣くな!」って親類に叱られた。
あの頃は子供だったからあんな日でも普通に
叱責されてたから、今思うとあの頃の子供は皆
大人に我慢ばかり強いられていたような。
でも最初の「メソメソするな」は優しい感じの

昨日珍しくフジテレビ見てたら真央ちゃんが出てて
初めてフジが適性に真央ちゃんを
扱ってた、失礼なんだからいつも、会話も、解説もうまくて
初めてあの問題のシーンの心境とかも語ってたけれど
人柄が滲み出ていて改めてすごい人だなと、
やっぱオーラが違う、お顔がインドの
神様系統で、あのような気品の顔立ち内面からでないと。出ない。。
宇野昌磨君を何故フィギュアスケートに誘ったかが
「かわいかったから」の一点張り(笑)
なんて言って笑わせてた。

昨日のニュース保育士の女性が殺害された
ボランティアとかも積極的にされて、、
実家のおばあちゃんが取材に応じていらしたが
「いい子だったのよ」って何度もしみじみ。
「行った先で体を気遣かったメッセージカードくれる優しい子なの、、見せようか」って
私が刺されれば良かったのよって、、

雑感

なんだか兆しは見えるのだけれどまだすこし時間が要るって感じかな?
何の?

なんのなんだろう?
なんか取っ掛かりが見えない時って低迷する気運にずーっと乗っかってる感じなのだけれど。
瞑想の時間も迷走気味だし、普段の普通の生活自体も地に足が着かない感じ、
雑念だらけだし。
昨日人類学の本読んでてまさかの涙出て。
「忘れられた人類学者」ジャパノロジスト
人類学読んで涙 ?、って。
そしてげらげら笑える、そうそう逆に健全だったのだこの村は。
アメリカサイドから来て見ても自由奔放な、とは驚きの村(笑)
映画「インドへの道」くらいミステリアスかも
読了したら感想書こうと思うのだけれど、
それと「菊と刀」も読まないと、悪意がないか。
客観的感想が書きたいし。
ちょっとだけ遡った自分のルーツ、個人的にだけれど謎が解けた気がして。

自信持って生きて行くのが良い

中国に渡した市場、人件費が安いも今はもう昔話。

市場を日本に戻したらどうでしょう、景気、どう考えても先行き不透明、
日本も謙遜しすぎて主役を譲っている間に魅力ある商品が少なくなった。

なにせ「人件費が安い」、ケーズ、、、歌いたくなる(笑) 怒られる。
が念仏みたいに最優先なのだから安物ばっかり長持ちせずの製品作る気満々。
「同じことを繰り返す」が一番苦手な国に任せてはいけない。
同じことを繰り返さない日常なんて何処にあるというのか。

すこしぐらい高くてもハイクオリティーな商品を作ってた日本に
戻したら良いのに。

最近良い天気でも風景が霞んでちっとも綺麗でない。
中国では死者も出る勢いのPM2.5のせい、カメラも出番無し。
自国で被害出しても相変わらずなのだから、
いつまで精神性の発展途上国をやるつもりなのでしょう?


自分はいくつとは言わないが、まだまだ若く居られるのがこの年代だ。
この年代が一番綺麗と思うし、どう生きてきたかが一番で
身も心も。いや、わたしじゃないが人生経験つんでの円熟味とか、
優しさに、余裕、安定感。
周りを見ても女性は積み重ねたものが大きければ大きいだけ綺麗だし、
健やかでいられると思う。
後、見せ方もあるのだろうが。
単純に見た目の美醜の美と醜が人と違う、老若も。
今は、ずいぶん長いこと昔より若く居られると思う。


もっともっと年配の人にも若々しく美しい人多いし、自分は全然まだまだだけれど
樹木希林さんなども晩年すごく綺麗でかっこいい人だと思ったし。
追いかけたいものです、生き方とか、自分なりに修正しつつ。

変な家の猫


よく寝るから「寝コ」で猫なのだ、とか言うけれど家の猫おおよそ
他の猫達と様子が違う。

まず、全く落ち着きがない。
集中が必要な瞑想中←(猫のじゃなく私の)なんかが一番わかりやすい
30秒間隔で巡回する、ベッドに飛び乗る、飛び降りる、
窓辺に行く、餌場に行く、猫用扉くぐって出ていく、
また入ってくる、窓辺に行く、、、、延々と繰り返す(笑)えない。
なんて落ち着きのない猫、寝ていると思っても寝ぼけた顔を見たことがないし。
寝ぼけた猫 ? いや、見たことないけど。❓舌出した猫(笑)

目が知的過ぎる。
引き出しから例えばメモとか取り出すと、手をじっと見て、今度は私を見て。
たまに余りに鋭く人に近い目をするのでドキッとする。
猫なのに変にいろいろと隠したくなる。
猫くらい瞑想の達人(猫)は居ないと思うのに、全然修業がなってない猫。

AI巡回ロボットのようにも見えるし、知的な人猫にも見える。
しかしま、いつ寝てるのだろう?買い物に出かけた留守中?
それでも猫の睡眠としては短い、あんなに太っているのにその睡眠時間で済むの?
歩き回ればついて来るし←いや、私を振り向き振り向き前を歩く、つねにテコテコ歩いてる。

雄叫びのように鳴きながら中に入れろと懇願、
口には猫じゃらし、また悲壮感がハンパない鳴きかた(笑)
最近巡回音に悩まされ毎日が寝不足、もう今年で6才にもなるのに地震で離れてた分を
取り戻すべく幼児性が抜けないのか、普通、猫も子猫ほどよく寝るものなのに。
調べたらストレスのように書いてあって、確かに元が外猫で自由猫だったから
ウロウロが収まらないのかも。

今日は休みだから猫もだけれど雑音が大きな主人にとうるさい、
テレビ見ての独り言までうるさい(笑)

一人に慣れて育つと「居ない」の方が快適になるから怖い。

良き相手

内田祐也さんが亡くなられた、人生の長さでは少しの差で樹木希林さんが先。
安らかさでいえば余りに寂しかったであろう樹木希林さんが先でなによりのような。
天国で「あら、早いのね」なんて相変わらずを言ってたりして。
やはり普通男の人は一人に縛られるのが嫌みたいで、でも今は女もそう。
世間じゃなく、配偶者が夫婦間のルールみたいになるから
どのようになるかなんて相手次第になるわけで、主導権握る側に求めるのは
なるったけ常識的な人であってほしい、嫌、これが案外おかしな人が多いから。
得に男の人は自由過ぎてはいけない。
一緒に暮らすと大変だった御夫婦。

こちらで言うとまあ大人の男の人の笑い声の大きなことそんなに人生楽しい?って尋ねたい。
しかも子供みたいなギャハハ笑いで、そこらで笑い声聞こえると必ず男の人。

(パートナー)男の人が(パートナー)女に求めているものが大和撫子とか
可愛さとかだったら、そんなものこの時代に女は生きていけないから
求めないで欲しい、そんなかよわさ支えるだけの力量有る男性が皆無に等しいから。
ずーっとお芝居なんて無理だろうし
年配になるほど女は切実になる、
逆に男性は安定するからその人生に縋り付く、あんなに美醜にこだわってたのに?

本音は「逃げ出したい」と「安泰だ」で暮らしてる人ばかり、男女で逆もあるでしょうが。
やはり女性も若い頃から自立を視野に、生きた方が良いのだな、と
じゃりんこチエでチエのお母さんの台詞を思い出す。
「女は手に職付けると我慢が効かなくなる」←みたいな台詞 と、言う。
チエの母芳枝の台詞、でももうこの発想も、もうだいぶ古い。

相手はあのチエが呼び捨てするとんでもない父親テツですから、
でもやはり男性が描いた漫画だし男性にとって都合が良い。
夫婦で同じ空間にいると途端にシャイになり別人になるテツ。裏腹に窮屈そう
テツのキャラは嫌いじゃないが、やはり一緒に暮らせないのは当然なような(笑)
希林さんはすごい、お互い歳を取ったから祐也さんに同居をすすめてみたりして
内田祐也さんは発言とか好きだったな、人柄も、行いは別として。

共感性

共感について書いてある記事に共感性が高いことは良いこと
みたいに書いてあったが、わたしはどうだろう?共感が今の規定のそれならば
私には共感性はあまりない、といった感じか。
表情を読み取る?裏腹な顔する人もいるから言葉と表情と動きと総合しないと。

どういう気持ちか読み取る努力だけはするけれど。

相手が嬉しいと自分も嬉しい、悲しいと悲しい、なにもかも相手に合わさったように
なるというのなら、違う。
例えば宝くじが当たって喜んでいたら、一緒になって喜べるかって?
自分ではないのに自分のことのようには喜べない、さすがに同調はしても心は弾まないだろうし。
さあ当たったお金で何をしよう?とはならないはずで、それは盗むってことです(笑)

悲しさだけは何にしても共感は無理かも、
涙する思いに人それぞれに何が胸に去来してるか
人生の違いが切実に出る場面だし、
泣く箇所笑う箇所が同じなら同じほどお互いとしては共感なのでしょう。

怒っているときも、怒りの原因を聞いてぽかーんとすることもある。
家で(笑)  「そりゃあなたが悪い」みたいな。

ただ、よそでなら同調はする、凄くする、
相手が悲しんでいたら感情に寄り添うように頑張るし
怒ってたら、バカを言って火に油を注がぬよう(笑)
共感するとは人による。
共感と同調は違うと思うから。
誰にでも共感してたらそれはもう憑依みたいな、一貫性のない変なこと。
自分に合う人はたぶん地味でおとなしい人、
共感もそうだけど自分に似た非社交的な人でないと
浮気っぽかったら四六時中気が気でないし、まず信用できない、 
植物とか人じゃない相手と向き合ってる人だな(笑)平日も。 
気が休まらないタイプが一番心かき乱されるものだから。
ここからが出発点だから大変だったんだと振り返る。
だからなかなか巡り合えなかったな、って。
今もだけど、相手は仕事しか見てない人だった。

確かに共感できないと排除したい(仲間外れ)みたいな形になるものだけれど
思いやりとか、弱いものとか、少数派とか、排除の対照になりそうなものとか
立場に立って共感を寄せることの方が大事と思う。

子供のころ聞いた昔話

もうすぐ借りた本の返却日なので慌てて読んでいる。
柳田国男原作遠野物語、それと一冊ではあんまりなので
長島有のパラレルも。
遠野物語がどこに有るのか尋ねたら文語体で書かれているのか
どうもお勧めしないと言われ
全訳されてる遠野物語。
確かに最初に見せてもらったものはカタカナ混じりで読みにくそう。

民族学者として我が熊本県の生まれ故郷を
(わたしも1歳まで、戸籍に有った)
研究対象地としてアメリカの民族研究家に
推薦したという経緯が有ったので、なぜなのか
解るかも知れないと思って。

遠野物語の内容は岩手県の民族とか民話集、
神様とか妖怪みたいな不思議な話が多い。
NHKのチャロで英語番組の妖怪退治の祈祷ものとかと同じかな。
それでまた沼田まほかるの「アミダサマ」思い出すのだけれど
繋がることが。
チャロで検索したら東北編として妖怪話が出た
パラレルワールドって書いてあってまた
偶然。

そういう話は子供時分怖いもの見たさの心理で
聞きたいような聞きたくないような
で、結局聞くのだけれど(笑)怖さが手伝うから
使い用によっては良い子育て本。

こういう話は両親がほぼ隣町に引っ越したのだが
そこでの子供会でも夏休みに故郷民話として良く読み聞かせられたもの。
原爆許すまじの歌の歌詞とかリズムも
興味深くおもしろかったのに全く覚えていない(笑)

それと父が夏の暑いとき等にする妖怪の「やまんば」の話やら
かわいそうな動物の
今となっては「椋鳩十か!」って突っ込みたくなるような
(ネット記事に「考える現在未来」椋鳩十インタビュー)出ていた。
物語を話をしてくれていたのを思い出した。
これは良く内容を覚えている。
やまんばが背後から今にも襲い来る緊迫感やらを父はソラで話すのだから
今思えば母が周囲の人達に言う「(父が)子煩悩」は有る部分では
合っていたのかもしれない。
わたしはその当時「子煩悩」を辞書で調べて
そんなことはないと母に異議(陳情)を唱えたい思いだったが(笑)
姉との格差がすごかったから。、田舎の長男長女最優先主義。
でも、時に足かせと感じた真面目さを教え込んでくれた両親に今では感謝もしている。

ごく自然な抗議

くまモンの中国名「熊本熊」に決まったみたい。
何?この有名海苔屋さんみたいな名前は、
しかも呼び方がションベンション
なんか汚い(笑)
聞こえに何の疑問も湧かなかったのか?
中国向けだから良いみたいな?

クジラが船と衝突して怪我人数名出してたみたいだけれど
クジラは逃げ惑って座礁してるのでは?
アメリカ(政府所有)の潜水艦ソナーが
超音波でイルカもクジラも大量死させてる問題。
さすがアメリカやることが桁外れにデカい。
日本のクジラ消費を責めまくりつつたった一日で日本越えどころか
遥かに超えて一等賞だもの。
米海軍の訓練などで大音響が響き渡るらしく方向感覚は失うは体は傷だらけ。
狂ったようになるから可哀相なんてものじゃない異常行動は2000万頭!!ですから。
東海沿岸186頭、ハワイ、南カルフォルニアで155頭重傷を負うのが11267頭
アメリカ(国)はそれは認めているらしい、珍しいことです。
(ネットニュース記事参照)

スコットランドでもそうだし、
どこの国がどの口で日本を責められるのかと思う。
クジラのこともイルカのことも所詮何もわかってないのでしょう。
人道的な立場に立った声明が目立つ割には、責められると
すぐに「違う違う」←何が?  しらばっくれて言い張る。
枯れ葉剤の時もそうだし
原子爆弾投下の時の言い訳も
小さな子供がする駄々をコネて
世間体としてだまくらかすから、
用心しないと国際的にも説得力持たせる国だから恐ろしい。
日本も敗戦国となってから自信もプライドも失い過ぎでは?
明らかに不当なことを言われ言いくるめられてるのだから。
アメリカのことだから最初からこうなることは予測済みだったに違いない。

実験好きの国、そういうパターンばかりだった。
事後報告すれば済むそういうことで済まそう、
「したらば我らも許されん」
とたかをくくっていーっつも悠然とお澄ましアメリカ。


卑怯をして勝った国に正論で攻めるのに何の遠慮が有るのかと思う。
日本だけでしょ人道的な国際的支援を見失っていないのは。
韓国に中国にあと理不尽を日本に押し付ける国に
何の遠慮をしているのか。
イルカとクジラが、可哀相。
他の海洋生物に対しても環境的にも自然と出る抗議なはず。

話は変わって自虐を言うな、
とかの記事が有ったけれど「先手を打つ自己防衛」の発言させる
日本のメディアに問題が有る、お笑いで女性の悩みにづかづか
遠慮無しに踏み込んできてブスの老けたのと、そこしか見えないのか。
自信なくさせてるのは毎日催眠術か、くらい聞かされる
暗示発言だから、実際、悪影響でしかない。

迷走する思考

せいぜいそんなものだろう、いやむしろ、

人が一日に接する人数は例え人混みに出て
大勢の人を見ようが人が一度に対する人間は常に一人であって、、
そう考えると一日に接した人間の数といえばショッピングセンターで
支払い時の定形型挨拶文言を
いくらたくさん聞いたにせよ、たかが知れている。
人が一人何役も引き受けてるのでは?(笑)
コントで本当は自分が演じてる癖に「ちょっとA君を今から連れて来るよ」って
引っ込むと自分がA君に変装して出てくるというコント。
この世はどこか似てる人たちで構成されてる気がしてならず
こんな妄想が浮かぶ。
いや、(こんな考え方)大丈夫です、冗談と思う方が勝っているから。

どんなに個性的な人の挨拶文を聞いたとしても。
いつも壮大に感じていた世界も、
こんな世界はとうてい一人では創造出来ないにせよ
若い時分は毎夜とはいかないまでも布団のなかで見る夢は
私の場合現実世界で見たものと似てるにせよ
かなり個性的で緻密で全く違っていて、
起きてからも現実世界と同じくらいに
馴染み深かったりするから不思議で、。で、人はあまりでてこない(笑)
起きても忘れがたい通い慣れた道なんかがいくつもあったりする。
目を覚まして、なぜに存在しないかと残念に思ったり、
夢は一度見た切りでも何度も見たものとしてインプット出来るようで、
だから強く刻み込める。
双方で狭い視野で創造の範疇ならば今見てる世界は
同じく簡単極まりなく思えたりして

何が言いたいか、とうとう意味不明を発し始めたと思われるかな。
SFチックなことを書こうとして、詰まった。
今は纏まらないからいつか気が向いたら書こうと思う。
徒然考

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詳細に尋ねてみたら


早々に着席する「にゃ」さん、目付きがどこかロボットのよう。


福岡県では産業医の担当医師が職員にアドバイスしてくださる機能が正常にて、
先の医師からのアドバイスのおかげもあっての
今回の休職。
職場では、(親として客観的に想像しても)真面目に働き、
残業は酷いとき100時間というから常軌を逸していた。
ただ、いつの間にかチーフ的立場となっており、
もしも体調顔色等に異常あれば
周囲もかなり気を遣って休むように言ってくれるのだと、
自分より年配の方々に「任しといて」と気さくに言ってもらえて
恐縮するとのだとか、
自分が休職して他に人に残業が加算されてるのを気にしながらの休息。
現場、事務、とオールマイティに働いていたようだ。

一身上の都合もあってパート扱い採用も視野に入れているようだったが
これから二人での生活には苦しくなるようで

企業としてはどうかと思うが、職員(従業員)のまとまりは良く、
気遣い合っていてまだ辞めるかどうかでお悩み中。
前回の職場は(見て見ぬ振りをあえて陳情して)辞めた、
という経緯もあるのだから(相当に荒れたらしい)


今回は正論と真面目さとで職場の評判を上げ
人手を増やし働きやすく改革したら?と(従業員の範疇を超えている(笑))
言うに留めたが、職場の悪評がそうそう簡単には払拭されないと嘆いていた。
それはそうだろうけど。

帰省しての「動かざること山のごとし」を撤回
相当にお掃除のプロかというくらい炊飯器のお手入れから
普段の不行き届きヵ所を
散々掃除してのお帰りだったことをここに訂正。
掃除が本当に上手い。

引っ越して体調の良くなったわたしへの
労いの言葉も言ってくれて今回の休職は
周囲で気遣かってくださる方々また産業医の先生にも
「ありがたい」の感謝でいっぱいです。
プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







人と同居しているのは

サバ虎の
ねこ




まざーぐーす
だんだんばかに
なってゆく
に抗うべく
文章作成







日常のグダグダを
まとめ整理する
のーと

そして
まとまらないという

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