働くお母さん

昔共働きでかぎっ子だった私の憧れ、
家に帰ったら
額の汗を見て「汗かいたね、シャワーでも浴びたら?」ってお母さんが声をかける。
妄想
こう書かれた小説の一節に非常にあこがれたものだった。
「おかえり」の声にどれほどあこがれたものか。
父の再婚相手は専業主婦、ほんの一時期を一緒に暮らし家へ帰れば親的存在がいるを経験、
血縁で無くても家への暖かさ安心感を感じた、ほんの一時期一緒に暮らした時期があった。
今の時代は、そんなお母さんの役割に微塵の価値も見出してない、
働く女性を男性でさえ高評価、そして大事な稼ぎ手。


当時、自分はと言えばわが子誕生から仕事を辞め(仕事は嫌いではないが子育てとの両立はムリ)
自分の満たされなかった願望を子に
与えては私の子育てはどう?(みたいな)と、
どんなにわが幼少の一人の不安と孤独の昔を語ったところで
ぽっかりの空洞を埋められなかったさみしさを子への代賞行動で埋めようったって
それは所詮代賞でしかない。
子供は逆に最初から「それ」は満たされてしまってる。

そうして今度は子供自身が満たされなかったことを実践するのだ。
今後の子供の生き方が親への評価だろうか、項目が違うから恐怖。
働くことは、女性だって同じ、野心が満たされるのだ。
より多くの人の役に立ち(賞賛を浴びたい)たいのだから。
その前に生活の為の金銭も。
そうやって、いつの間にか性別も取っ払われてくるのだろう。
働くことを夫婦で許しながら女性の役割も家で果たそうとしたら
普通に考えるなら立場は女性が上になる

子育てはそんなに簡単なものじゃない。
「親は無くとも子は育つ」は慰めであって正論とは思わない。
今の様なやまいだれの日本、「見守る目」失くして子が育つものか。

それでも歴史は繰り返してしまう。
プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







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