宗教の勧誘

宗教も本当に多種多様、うちにもいろんな宗教の勧誘の方がお見えになったが
熱心がゆえその勧誘が半端じゃない。

宗教そのものは有った方が良いし、日本は仏教的な慈悲精神が根付いた国と思うし
他宗教でも礼節を重んじるなど敬う精神が日本を健全に保っていると思う。

縁の有った宗教は
初手からあまり熱心ではなかったが、生きてゆく上での指南書として
書かれている教えそのものが素晴らしいので、個人的に唯一にした教え。
お布施など強要されることもなく。
他の宗教も認めていて、ふところの深さも良い(全ての教えはいずれ大海に通ず)
知る人ぞ知る由緒正しく、派手さもない、怪しさもない(笑)

今は亡き支部長は(その当時最後くらいの創始者の愛弟子)恐ろしいほどに見抜く人で、
今まで生きてきた人生上最も尊敬する人。
支部長亡きあとは、熱心ではなくなりはしたものの
教えからかけ離れないよう、自重はしている。今はその程度。

そんな中で支部長は「この宗教は難しいことを言っているわけではない、人格形成あるのみ
階段を上がって行ってるなと思われるようにならないといけないよ」と笑いながら
言っておられたが、今の私は階段を上(下)がったり下ったり(笑)
亡くなられる90歳までかくしゃくとしておられ、
入院後も「あと何日で」と死期も悟られていた、
私は情けないことに元々結婚後から自律神経がおかしくなっていて
フラフラするもので最後はあまりに心情に迫りすぎて会うことさえ出来なかった。
来ると思っておられただろうに、本当に情けない。
私は、母の最後の時も父に大丈夫だからと遮られ死に目にも会えていないのだ。
せめてなにか私への最後の言葉を聞きたかった。聞き出したかった。
父は「姉の心配をしていたよ」と言っていたっけ。


しかしまあ、ここの行事の多いことといったら「青年部」、などは若さに任せて
主要なメンバーになるとまるで一日中活動状態。

免れたところで(私への勧誘ではない)勧誘激しく重圧にへとへと。
仕事に従事しながらの責任も掛かる肩、そうそう引き受けられたものではない。

ところがここの宗教支部、実は個々の教祖が個人活動を始めている、
教えと違う、独自の主観が混ざり一人一人違ったことを言うので混乱。
人格形成?
本当にそこを目指しているのか?というほど押しつけが酷い。
自分が変わるでなく他者を変えようと必死。

支部長は、教えを柱としなさいと言っておられたのに。

今や、教祖だらけ。
もうもはや本物の教本そっちのけ
個人名のついた「○○○教」の教祖が、また教えを振りかざし強硬に勧誘。

教えは素晴らしいのに独自の(考え)教えが入っているので、ますます足は遠のく。
派手に動かなくてよいから茶話会などで教本でも読んでいればいいのに。





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CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
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