いじめの始まりは先生だったりする

この前、徹底的に生徒同士褒めさせる先生の授業を見た。
一人一人立ってだれだれさんの良かったところを褒めさせる。

癖付け。
これが本当に大事と思う、生徒に幼少から
「けなす」癖付けさせる先生とは全然違う。

ホームルームで必ず言わされた日直の仕事。

今日の悪かった人「今日はお掃除中○○くんがサボってました」とか。

酷い生徒に酷い先生。
小学校高学年のある日、日直だった私はおとなしい連れの女子と日直日誌を持って
掃除個所によって区分されたグループ別班長のところへまわり

「今日の悪かった人」(←良かった人との発想はないのか)を聞いて日誌に付ける。
いじめっ子のNが「今日は○○がさぼっとったぞ」そう言うので
黒板の前に出て
今日の悪かった人は一人こっきりその○○の名を上げた。

そうしたら、意地悪く笑いながらNは「バカか今日○○は休みぞ」
ぎゃははは笑い渦巻く教室内。


Nを叱ることなくそこにかぶせる先生「今日○○くんはお家で反省してま~す」
教室内、、本日二度目の大爆笑
欠席者を把握してなかった自分も悪いとは思うが、
わざとであろうと欠席者を今日の「悪かった人」と挙げたNこそが真のバカであろうに。
この日直の仕事、わたくしより更におとなしすぎるもう一人とコンビ
気乗りしない上、必然的に私が頑張るしかなく、こんなことに…

意地悪で険悪な教室、こんな印象にしていくのはこのいじわるな生徒と(男性)教師
一人一人は結構優しかったりするのに。

集団の印象付けが教室内を地獄にしていく、このいじめっ子の標的は多数存在する
、こうして先生まで加担したら最後。
子供時分、日常茶飯な風景
いじめ免疫は今の子供達より付いていたと思う。
(今のような暴力は無かった、今は男子は男子女子は女子へのいじめが多いような)

と言うか、はじめっから悪はこの生徒と教師と思ったから絶対に屈しなかった。
宇多田ヒカルの歌の歌詞のように、
負ければ敵が喜ぶ私も常にそう思っていたから
いずれ終わる(腐れ縁との別れ)ときは必ず来ると、シカトして「ふん」とばかり、やり過ごした。

しかのふん

プロフィール

CHAKOMO

Author:CHAKOMO
196○年
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







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