一にお仕事、二に宗教で家庭は二の次三の次

「宗教の自由」、、世の中には実に様々な宗教団体が存在します。

怪しい団体から、真面目な団体まで、
宇宙の心理から言えばそう奇異な教えは存在せず
大体が中心枠に収まってくるはずだと思うのですが、それでも独自の個性からかたくさんの
教団が次々と誕生存在している。

どこかに入っていれば熱心な勧誘から逃げられる、そういう邪な?
思いから手近な教団に名を連ねている人もいるのでは(名ばかり会員)

案外多いものです、どこかへ入会してるという教団会員が。


自分に多大な影響を与え(及ぼし)続けている会
活動は古くから皇室を守り大きく展開していたのに今は内々な感じ。
調べても良くも悪くも全然目立ってない。


他力本願ではなく自力の部分に大きくかかる、教えとしては素晴らしい所と思う。
思うけれども
どことは書きませんが。
(「書いてもいい?」と悩み持つ人の許しをへて書いている)

教えとしては
倉田百三の書いた親鸞聖人のお話「出家とその弟子」に近いものがあるから
この教え、凄すぎて「ええっ?」と思う。

この宗教団体、
休みの日も呼び出し、やっと家の方に目を向けようとしても行事による呼び出し
行事
行事
また行事、
家にいたって、、、仏間に座って勤行、勤行。やらないと気持ち悪いのか。
幹部にでもなれば仕事にも差し障るくらいな時間の割きよう。

宗教なのに家庭を壊されそう。
集い過ぎのやり過ぎ感。
在家なのに出家のよう。
師は素晴らしかったが弟子達が…。

教団存続自体危機的状況にあってもどうにも行(ぎょう)がこの時代に合ってない
若い人が入ってくるはずがないのに、あり方を昔のまま全く変えようとしていない。
行事を増やして拘束して、逃がさぬようにしていればますます「北風と太陽」
逆効果でしかない。

いくら教えが素晴らしくても、若い人にそっぽを向からたら衰退して行くのみ。
ただでさえ時代に合わない、武道のような行。
これに若い会員を添わせることが出来るなら

こんなに(世間は)苦労はしない。

素晴らしいと思うが、まず「教えを理解してから行に入る」と、ここまでできる人は奇特
奇跡的。
おしえは素晴らしくとも行に奇異さを感じるであろうから、とっかかりから難しい。

これを理解して修行が出来るなら理想的な人間になる。
でも教えは密教的、家族より神仏。
根底にそれがあるから家が二の次になるのは、当前。
教えに合わせるのが家庭円満であろうと行事のおかげで家に居ず。
まるで「あるヨギの自叙伝」を地で行く勢い。

いまの日本、家庭がおろそかだから狂ってきてる気がするのだけど。
良い教えを持つ会、もったいないからこそ敢えて書いたが。

プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







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