図太い性格と繊細さはどう折り合いをつければ良いのか

子供時分の回想


「お母さんがいないよう」
「怖いよー」一人で留守番
お姉ちゃんの帰りが遅い、テレビでは交通事故の番組
今日はなんだか心細さが半端ではなく
涙が溢れてきた
暗い部屋、灯りをつけても自分のその存在がはっきりするようで逆に怖い
電気をつけて、辺りを見回して、カレンダーと目が合う、その有名な絵画

これを一体何日繰り返してきたことか
小学生の身では永遠に続きそうに思えて
思えば保育園も母が最後に迎えにきていた
5時過ぎだけれど、残業で遅いのか構造改善とか言う事務所の事務員

あの頃の言うなれば共稼ぎの鍵っ子
学童保育なんてなかったから「一人」を不本意ながらも満喫
環境に慣れるようにいつしか一人に慣れてしまう部分もあって
友達が煩わしいと思ったこともあった。

自分のような育ち方、大人になったらトラウマも抱えるし
本人にとっても良くないと、
子育てに関して相当に配慮したつもりだったのに

だけれど子供は私の育つ過程を経験してはいないので
想像の域を出ない。
今度は知りもしない別の子育て弊害に頭を悩ます。
少し、甘やかしたりしてるのが今の親の大半だろう
自分の時の反動で、
「それが当たり前」で育つ、言い継がれてきた言葉と思う。
結婚とは元他人との婚姻でもあるわけで私と性格が正反対とするなら
感じ方から何から何まで未知の世界

どこで傷つくのか、はたまた感謝と理解するのか
許容範囲のようなものが子育てには重要になってくる
こちらと同じように感受性を共有出来なければ
してあげたつもりのことをも当たり前で育ってしまう。
必死で教え込んだつもりでも、周囲に溶け込んで同じ
「お母さんはひどい」とよっぽどひどいセリフを吐くのでしょう。
私もそうだったように。

子育てしてみて初めて気がつく、同じ経験をして初めて気がつくから
人は子育ての期間が長いことからも
育てる方も育つ方も動物でさえ持つ自然に備わったはずの
恩義のような感情がわからなくなるのだと思う。
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CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
196()年生まれの
9月後半
ちゃくもくろん改め
ちゃころもころ語始めました






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