自由猫

猫は何かインプットでもされているのだろうか
仔猫時代
飼ってくれそうなうちを探す物件巡りをする、
親猫がいないことに気がついて諦めた時に
仕方なく物件探し。

「人」と猫とは何色かは知らないが運命の糸で繋がってるのではないかと思う。
その糸を「人」の方が自ら切ってしまうことはあっても
猫のほうは切らない
ノラが多かった昔、うちにも猫さんのお訪ねが何度かあった

いつの間にか家の中に居るという、迷い込み「にゃあにゃあ」
お願いでもしてるかのよう

野生なのに人という生き物が(人を見極めて)存外怖くないのは猫だけと思う、
最初から猫には人が何とかしてくれるというインプットでもあるのかと
きっと猫と人の長い歴史でのDNA
生まれ出でたと思ったら自ら訪ねきて寄りそおうとする
このコミュニケーション能力は見習わねばならぬものがある
人だけに限らず異種に働きかける猫は
生きることにも長けている。
自由(ノラ)猫が居なくなれば物件探しのお訪ねもなくなり、、寂しいような気もする

娘の住むアパートから一歩も出なくなった「にゃ」さんは
どう見積もっても悲しげである。



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CHAKOMOKO

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