母からの命名

小さい頃の話
私の母はとても厳しい人だった。
本当にスパルタ式に育てられたと思う。
その割にはちゃんと育ってない、ごめんね母。
3、4才のくらいの頃かな、幼い記憶の中、唯一恐くなかった時は
私をあやす時。

母の両腕の中で私が、寝付くまで子守歌を唄うとき。
優しく背中をとんとんしながら
「ちゃっころもっころり~ん」と唄う時。なんだ そのフレーズ。
ただそのフレーズの繰り返しなだけ。
なんかお茶目な節と鼻歌作曲で眠らせようと抑えた母の高くて細い声。
私は、ちょっとぽちゃぽちゃしてたから。
私の雰囲気と名前をもじった唄。

母は厳しい人だったけれど
私の話をいつも笑って聞いてくれて
「○○○は面白かね~」って眼を細めながら。
私と違って社交的な人だった事が幼いころの私にはとても不思議に思えて
短い間だったけれど凝縮した濃い、いっぱいの想い出がある。

あんな田舎なのに母はお店でもどこでも値切るのが上手だった。
ちっとも嫌な感じのしない
言われた方も
「困ったなァ」って笑いつつなんか嬉しそう(笑)
人付き合いでリラックスをあまり感じたことがない私とは全く違う。

母には大阪のイメージが有るって勝手に思ってた。
親戚がいた、ワンピのお古とかクリスマスには←(はるか年上だったから姉に)
小さめの額縁サイズにクリスマスに因んだ絵が描かれたチョコレート送ってくれた。
硬いのだけどチョコにしては大きくて食べがいがあった。

イメージは黒柳徹子に似てるって(おしゃべり好きなとこ)勝手に思ってた。
あんな早口じゃないけど(笑)


母は私が15の時亡くなったから、せめてもの思いでブログ名に残した。
初めての親からの命名。
〜母の事を守れるのは自分だけ、知らない人に曲解されたくないから。
だから書く。小さい頃自分の母は日本一と思ってた(笑)
あらゆる事が血のせいではないとここまで生きてきて解ったこともある〜

うちの娘達にも、時々感想をもらったり画像の手伝い
それにネタにも使おうと思っている。

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CHAMOKO

Author:CHAMOKO
196○年
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







人と同居しているのは

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