読んだことがない衝撃

今頃、沼田まほかるの「アミダサマ」を読了。


しかし今回の、アミダサマ

自分が思った感じたことと重なることが余りに近況、この時期に読んだと言うことにも
一人驚きつつ。これは自分自身にしかわからない感想だとは思うが。
これは宗教色の強い物語であるし、ある意味あの世の一歩手前現実離れ甚だしい
恐怖とも言える小説なのに。

この小説一冊分の中で何故自分にだけ度重なる大いなる偶然の一致で(笑)
(間違いないと)勘違いを起こさせるのかと訝るほど。
それによってもうひとつには、
霊的存在を信じさせるのだが、いたずらな霊なのか精霊なのか。
この小説の言う、この世で起こる目の前の現象が妄想のひとつであるとか
はたまた時空の歪みとか言うものであろうと、
今の自分にとっては現実であって、受け入れがたい。

小説の内容、律子の存在が余りに憐れに感じた、
この人の価値観は今のこの世の中では哀れ以上の何物でもないのでしょうが
このように頭が怪しかろうが心根の美しい人は
坂下という男の人がする扱われようが一番正当だと思った。
でも坂下より暴力的な悠人という男を母性の塊のようなかたちで愛する律子。
魂としては神々しささえ感じて。

入り込んで書いてあると思った。
そうでなければこんなリアルな描写は書けないと、
小説の中、ここに居て、作中の人となって書いているという感じ。
浄鑑同様全身全霊で書かれてる様を感じて。
映画でだってこんなにおどろおどろしい描写も微細な感情表現も見たことが無いから。
僧侶浄鑑(じょうがん)の祈祷場面(行者が行うような念のようなものは使わない主義)
ただひたすら南無阿弥陀仏で。
現実離れした状況で母親を失う際の内面描写とか、よく体験しない状況で
普通擬似体験しなければ書けそうに無いのに、しかも非現実的な小説なのに

ネタバレ
ミハルの体験した深淵なる恐怖、不安、怒りの感情などが、
後に受けとる愛で安定していこうにも
(カアサン)本当の母ではない、の死によってそれらの情念が再燃してしまう。
浄鑑は祈祷によって守り、
もはや妖怪然とした(最愛の母をも自らの手で、)結果二人とも亡くす。

作中ほとんんどの人物に究極の愛の示しかたを感じ
最後のページですこし混乱してしまった
亡くなったミハルは悠人と律子の子として、今から生まれるのか
何か厳しそうな始まりのようでコエがなくミミ(聞こえるはずない呼び声を聞く)のもち主悠人、
無間地獄という言葉を思い起こした。


今の世の中でなければ沼田まほかるの作品はもっと高く評価されて良いと思う。
まず、男性が理解(女性目線でなければわかり得ない)できないから。
映画化なんて絶対に無理、映画監督が怪我をするだけ、して欲しくもない。
劇画的な作風なら感性の合う人は出来そう。

これで未読の作品「ユリゴコロ」のみとなった、すこし寂しい。
これだけの闇を分析表現出来てる、闇の世を生きるヒントになりそうだから
糧でもあるし現代を生きる人間を知る上で指南書にもなるようで。
プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







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