たとえ今は戦争反対であろうと    訂正版

ずっと前から世論の偏見やらで書くか書かないで迷ってたが
一応書いてみようかと
私の父の話から
父は農家の出身、そして8人兄弟、男の子は3人。
貧しく、父がまあまあ優秀でも進学させるには苦しかったので
親戚中に頭を下げ回ってお金を工面して自分を進学させてくれたから
母親には頭が上がらないのだと言っていた。
そうそう、意外や意外すごく面白い人だったとも聞いている。
(生まれたときにはすでに亡くなっていた)
色々間違いを父に尋ね訂正。
  ↓
男の子の3人のうち末っ子の父は戦争の徴兵にも
終戦でギリギリ行かずに済んだ、後に良かったと言っていた(笑)
長男は陸軍志願兵で無事に帰還した。

(そういえば日清戦争で正岡子規は記者を志願した
本音は兵役志願だったが結核を患っていたから断念)
話がそれたのでもとい
田舎では村総出の無事帰還のお祝いムードだったとか。
その後、亡くなって私が子供のころみた仏間の遺影は父とそっくりで。
また、その父の兄嫁が上品で涼しげな目をした優しい人で
父の里帰りに付いていくのがいつも楽しみだった、そういえばあんな
声の出し方が(真似できない(笑))穏やかな感じの人に会ったことがない。

父の兄は酔っ払うと唄う、芝居がかるとか、大層目立つらしかった。
父は日本語英語の自作の唄とか唄うし双方で似ている。
昔の人は「同期の桜」を良く歌っていた。
負け(死)を覚悟の唄で、桜になって咲いて
靖国神社で会おうと約束する
哀しい歌詞の、歌詞だけでも泣けてしまう程。

陸軍中尉で亡くなって階級特進し、大尉に
(私の記憶はお墓には少佐とかいてあると思っていたが間違いらしい)
図書館で調べようとしたが戦没者名簿しかなく家族が役所に出向く
形でしか教えて貰えないらしい。

形見分けのメダル、勲章、(一部軍刀)のような物が沢山、
今はもっぱら文化人が頂くもので、
でも時代のニーズというものだろう。

敷地内に有ったお墓が俄然大きく立派だったので
子供心に何事が起こって?と、疑問だらけだった。

そういう話をすれば必ず「自慢できた話ではない」と厳しい
揶揄する意見を言う者も居て
(もとより自慢なんかしていない勝手にそう、受け取っているだけ)
でも、消極的であろうと積極的であろうと
日本が参戦してることに相違ないのであれば
仲間達をよい方向に統制したい(同胞達の命を守る為)と考えることに何の
罪が有ろうかと思うのだ、あの「負け」が明らかな戦争で。

追想
だから父はうさぎではなく勝った犬の方を選ぶのかと、
合点がいった。これぞ戦争の傷痕(笑)
大変世話になったのに
ここ最近、不義理で挨拶もろくにせず
後悔、と言うことにならないよう
挨拶に行きたい
母と同い年の叔母に。

結構そのようになった人が沢山、
母方の縁者にも同じく会い辛いのもあって。
プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







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