母の親友

過去録は今の時系列に並べる必要がないくらい
昔なので時に入れ込んで書こうと思う。
おじちゃんおばちゃんの呼称は子供のころのままの表現。


母は近所に良い友達を持っていたと思う。
近所に居る、だなんてめったに無い幸運と思う。

そのM田おばちゃん夫婦、
近いのもあって母と一緒に良く遊びに行った。(家族ぐるみの)
駄菓子屋さんにいく途中にあって、よく夢に出てくる場所。
おじちゃんも男の人なのに面倒見がよくて(牡羊座、何故かおじちゃんの星座を覚えている)
そしてあまり話したことは無い(次男)1歳と(長男)2歳くらい私より年上の兄弟がいた。
私は行動はおてんばでも人とお話となると突然シャイになるから
よそではデリケート扱いになっていて、、

それでも遊びに行っておやつもあらかた平らげ
まだなにげに「なんか食べたい」みたいなことをうっかり言うと
おばちゃんは田舎の夕方なのにいつのまにか出かけて
買い物に行ったみたいで自転車で帰宅、かごには袋。
こたつの上に忽然と蜜柑が現れた、みたいにして入れて置いてあったりして
子供心に余計な気を遣わせて「しまった」と思ったりした。
優しいふっくらしたおばちゃん(たしか眼鏡してたような)と、痩せていて背の高いおじちゃん。

母が亡くなったときも近所なのもあって葬儀の際もずいぶんお世話になっていたが
父の再婚後は少しずつ疎遠になって行ったようだった。実家の人付き合いは全般的にそう。
母亡き後の新しい人は人付き合いが甚だ苦手でおとなしく非社交的で母とは正反対の人で。
全てにおいて子供みたいな人だと思った。

ある日、母の三回忌を私の帰省時に合わせて身内と親類だけで行っていたら
庭をつーっと自転車でおばちゃんが来るではないか、私は驚いた。
「なにか母に呼ばれてる気がして来た」のだと、そう、そこに驚いたのだ。
それが三回忌だったことにおばちゃん自体驚いていて、私個人として親友すら呼ばない
父にまあそういう人だよねと納得済みでは有ったが。
おばちゃんのそれを聞いて本当に
他人なのによっぽどの親友なんだなあと、感動を覚えたもので。
居心地悪かっただろうに、再会したと言うのに
周囲を気遣かってそそくさとお参りして帰っていかれた。

その後は、おじちゃんも肝臓を患って大学病院に入院したと聞いていた。

甲斐もなくおじちゃんも亡くなってしまい、
さすがの私もおばちゃんちに挨拶方々会いに行ったら
上がり込んで膝をついて挨拶をしようとした瞬間。
すごく泣かれて、(次女と行ったのだけれど)いきなり「ああ」と声を漏らし抱きつかれ
ハグのかたちになっておいおい泣かれて(話した内容を良く覚えてないけれど)
「私もあなたと同じ気持ちで悲しいよ、気持ちがよくわかるよ」みたいなことを言われ、
バリバリの日本人の私はこの状況どう反応すべきかと相当に面食らったのだった。
母も社交的な人だとはおもったけれど、友達もアメリカ人みたいだな(笑)
と思ったのだった。
プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







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