後にトラウマになりそうな

子供時代睡眠、洗髪、そういう親との触れ合いは
俄然父との思い出ばかり。
子供時代一緒に寝ていたのは父、
冬の冷たい足先を父の脚の間に挟んで温めて貰いつつの添い寝。
父は自分も冷たい思いをするのに子供の冷たい足を
よく毎夜温めさせてくれたものだ。
ただ困ったことは眠れないとき寝返りを打つ事を躊躇させられること。

一度眠れず何度も寝返りを繰り返してしまい
とうとう「動くな!」と叱られたことを思い出す(笑)
その後まんじりともせず朝を迎えたこと
カワイイと鼻をくわえられ吐きそうになったこと(笑)
しばらく経ってから鼻を洗いに行くという子供の気遣い。

母と、といえば覚えてるのは一度だけ。
家の窓ガラスになにか(憶えていない)が当ってしまい割ってしまった時、
正直に言えば許してもらえると姉に励まされ
正直に話したところ、すごい剣幕で平手でぶたれた。
頬が腫れ上がるくらい。
これは当時としては高額なガラスで割れにくいと聞いていた手前
割れてしまった事と、いろいろと粗相を繰り返すわたしに「またか」の思いで
出た鉄拳だったと思う。

すごいくらいに泣き、泣きに泣きで、母が流石に悪いと思って添い寝しつつ、
腫れ上がった頬にそっと触れて
「ごめんね痛かったね」と言った、
思い出すのがそのシーンだけ、母の横にいっしょに寝たと思い出せる日。

あと、洗髪するのも父だった、お風呂で抱き抱えられ父の膝の上
髪に(当時はシャンプーではなく)石鹸
クルクル付けてクルクル
地肌を洗う感じではなく髪の上を本当に優しい感じでクルクル
ひたすら丁寧で長い
その父の手の平で洗う感じや細かなあわ粒達のなめらかな音
今でも思い出せる、自分の頭で再現させたリなんかして(笑)

それでも母と触れ合うという思い出が全くもって欠けている
(ただとても大事なことは怪我や病気、困り事の時の母の迅速な対応、
付添いや応援は他を抜きん出る勢いで)

母乳さえ飲まなかったというのだから、
母によれば頑なに飲まなかったと、今も牛乳が苦手、後にわかった(乳糖付耐症)
それにしても叩かれた思いしか思い出せない、とは、、
寝付くまでの子守唄くらい、あくまでも寝付くまで。

こういう体験から思う、
親はどちらかが抜きん出る育児より均等な愛情を注ぐのが大事と思う。

でも、異性である女の子を父親が育てるとき
せめてものマニュアル本が日本の場合必要と思う。
父親が(女児)子育ての足を引っ張ってるいることが多く
その場合は(父親が)居ないほうがましとさえ思うような事件が多い。



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CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







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