疎通も反省も出来ないのなら

犯罪者は、裁判で誰に謝って、誰に許されたつもりでいるんだろうかといつも思う。
勝ち誇ったようなですって。
まず許されてない。
裁判所で裁判官の前でいくら謝ったって。
厳密に言えば死者のいる世界に行かないと謝れる訳ない。   いって来て。
裁判はしょせん人間が社会で住みやすくするために作ったもの。
人間界で言えばただの簡易裁判所。
現存する人が作ったものだもの。
本当に謝るんだったら死者の世界に行かなきゃだめでしょ。
行って確かめなきゃ。本当ならばそのくらいの意気込み見せて。
人を勝手に葬っておいて自分が社会に残るって変じゃない?
人は殺すは、行って謝れないは、残虐な癖にあの世は怖いだなんて。
当事者の心境としては「一回死んであの世行って来て報告下さい」って言いたいでしょうに。

極端な話でしたが、自首は反省が伴って初めて成立する。
これでは犯罪者とただの取引したことになっている。
勝ち誇らせてどうするの?今の裁判、量刑にも問題が有る。
刑務所と社会に生活の差がなければ、刑務所に進んで入りたがる者も出て来る。
被告人の反省無き裁判には意味がない。

今日の歩数10049歩
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

CHAKOMOKO

Author:CHAKOMOKO
196()年生まれの
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







人と同居しているのは

サバ虎の
ねこ




まざーぐーす
だんだんばかに
なってゆく
に抗うべく
文章作成







日常のグダグダを
まとめ整理する
のーと

そして
まとまらないという

最近の記事
最近のトラックバック
カテゴリー
カレンダー
03 | 2019/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
リンク
月別アーカイブ
ブログ内検索
RSSフィード