市民の味方のはずの市役所

震災後
支援金の手続きや解体の準備にと2016年は大変な年になった。
2017年は主人が脳梗塞で二度も入院するし、これは比較的症状が軽く済んだが
お酒飲みの帰宅後「目が見えない」と大騒ぎをするので
ネットで調べた、症状から一過性の黒内障ではないかと思い勇気付けたが。
果たして医者にもそう告げられた。
脳梗塞は大きな病気には違いない、後遺症も少なからずある。
そんな最中大きな間違いをしでかした、そんな最中であったからだろうが。
解体後の解体費用とみなし仮設の家賃の支援は、両方は受けられないとの説明で
選ぶように言われた、(これは間違いらしい)
「いくらくらいの家賃のところに住む予定ですか」と聞かれ
簡単に暗算までされたのでよく覚えている。

ぼんやりしてたり大人しくしていたり勘違いしてたら置いていかれる。
大きな借金を抱えて家を建てるには病気も抱え、無理を重ねて歳も歳なのに
自治会も機能停止で知らせも来なければ
おにぎり一個だっていただいていない、 
車中泊だったし食べ物も一切自分たちで
むしろ援助側にいたかも、主人の仕事先から帰宅しての調達のみ
それを人にあげたりして。


なぜ県は積極的支援をしないのだろう、助けてと叫ぶ人のみ助けるだけで
自動的にそういうシステムに組み込んでいけばいいのに
浮いた分を自分たちに回すため静かにしているとしか思えない。

ここはいつ電話しても、県民サイドの理解力まで降りて来ない、
老人から子供、挙句は少し認知機能の衰えた人からの電話もあるはずだが
全くわかりやすく説明してくれず
正しい名称で正しく質問しないと小馬鹿にして対応される、昔からそうだ。

泣き寝入りするしか無い
だから少し強引で県民の味方をする議員さんが邪魔になるのだと思う。

情報化社会ではいつもアンテナを張り巡らせて受信してないと
受信機が壊れたり受け取れなくなった時は
救いはないと言うことのようです。

静かになっていいものなのか

人生一変、この急激な変わりよう、2016年4月以降は未体験の日々

家を求めて、家を考えての日々。
世の中が、まだ先でないと実現は難しいと控えていたことを
「今やれ」と言って引かない。
普段の考えなら絶対にやらないこと、夫婦ともそこは同じ思い。
だいたい大きなローンを抱えたくない。

せめてあと4、5年待って欲しいところを
意外と地震のあった熊本その地で冷淡なことが着々と進んでいて
被災者の優遇措置なんてほとんどなく、
大きな買い物であることには全く違いがない。
しかも建築ラッシュと来てるからまさに大忙しで、
被災者に同情すべき時に
思わず笑みを漏らしたり、
いつも通りの何の支障もない客への対応みたいな商談になったり。

心情に対して置いてきぼりを食らう被災者、
でも、この地震を普通の地震と一緒にしてたら
まさに怠けていたキリギリスになる。
過去にはどうか知らないが近年では今までとは違う
津波こそなかったが前代未聞の地震だったのだから、
熊本をからかうものこそまさに
キリギリス。

災い転じて福となれ

あけましておめでとうございます。

お正月感もあまりない感じで2018年の幕開け。
良い一年になりますように。

年末年始とテレビの前に座ったものの、
まあテレビの面白くないことと言ったらなかった。

テレビの内容が年々だだ下がりで昨年から強制的に
払わされてる結果見させられてる、BSなんかも見たりして。
まあまあ逃げ道としたらこのBS系列でしょうか。

今年の紅白は司会も良かったこともあってチャンネル切り替えても
結構見てて後半は珍しく熱心に見ていた。

ただ何で白組が圧倒的大差で勝ったのか全くわからなかった。
共感で見るテレビから、違和感満載で見るテレビへと変わり。
他山の石のような存在のテレビへと変遷。
BSだっておかしい、クールジャパンランキングとかやってたけれど
司会者「どこが良いの?」の
連発だし、ドッジボールが二位って言うのも、、、褒めてんだかなんだか
日本下げのテレビだったら視聴料払いませんよ、
見させられてると言う料金システムであるからにはこちらも言う権利がある。

BSは熊本の地震のその後を放送しており、長周期パルスの恐ろしさ
これが大都会の超高層ビルで起こったらどうなるかをシュミレーションで再現

免震システムががこれまでの物では全然ダメでついには
揺れたらビルがその間、空中浮揚する
なんてものを研究し、造っていたり←本当に有る。
地震は本当に見えない水面下だから、日本は災害大国として
耐震対策は必須、着々と研究を進めて災害に備える、
備えあれば憂いなしの日本は、災害大国として奇しくも主人公であるから
逆に主要な国として貢献し君臨すれば良いのに。

かき乱す人たち


貴乃花親方は今は苦戦気味でも、
どれだけ先かは解らないけど必ず勝てる、と思ってる。
マスコミがネタ欲しさに焦らせたばっかりにイメージ悪くなった格好
急かす外野も悪い。
加藤浩次MCに、相撲関係者の銅谷って人が怒ってつい、本音をポロリ
ちょっと面白かった。

ところで、熊本地震の時、買い物難民になりはじめていた
その時感動させたのが
スーパー「レッドキャベツ」だった
被災現場を驚嘆の面持ちで見つつ
ついでに、開いてるスーパーを見つけて二度見するくらい驚いた。
「開いてる!」って。結構(地震後2〜3日?)早くから開いていた。

その当時ありがたかった、お弁当に、お水、品揃えも結構
心細さに気持ちが沈む中、地震の影響をあまり受けてない佇まいに
感動と感激で涙ぐんだほどだった、
そのスーパーも今やイオン系列の「ザ・ビッグ」に
パチンコ屋っぽい名前。
唖然とした、
一年くらい地元のために、踏ん張って閉店したという感じか。
ありがとうって心の中で呟いて
車に。

私がこだわる良いスーパー選びには安さよりお惣菜が命
揚げ物主流の惣菜は ごめんだし素材も原産地も怪しいスーパーのものは
敬遠気味。
そう考えたら、安心で美味しい惣菜を置くスーパーはあまり多くはなく
美味しさだけが審査要点となるのだが
お惣菜が美味しいと感激、一押しはゆめマートなんたって種類が多い。
パン類などはマーガリン、トランス脂肪酸摂らないように気をつけつつ。

地震のどさくさの時無断駐車お断りなんて冷たい張り紙する地元密着でないスーパーは
あまり好みじゃないから行くのを控える。




全力で遊ぶ

熊本地震からまだ一年ちょっとなはずなのに
あまりに今後の生活から大きく変わってゆく環境下にあるからか
あれから3年は経過したかというくらい、中身の濃い数ヶ月だった
湿度の高い
どうしたって土台から湿った以前の居住地は体調不良な日々

健康指数が満点が100なら毎日が50行かない
どうかすれば30くらいで、出歩くといつもふらふらした感じがして、
早々に帰りたくなる、これは年齢を重ねての体質なんだと
諦めていたのに、住居が変わったらころりと体調が変わって
安定感戻る。

前の住居は何もかもが肌に合わない環境下にあったので
180度変わったみたいな今が本来の自分を取り戻している気がする。
県内のいろんな町に行けるようになったが、
よく話しかけられるようになったし、
自分からも、話しかけるし。
この前なんか神社で外国の方に英語で話しかけられ
言葉が早くてよく聞き取れなかったが、
引いたおみくじはどうしたらいいかと聞いてるのだろうと推察して、
外国の人でもあるし
結ばず、持ち帰ったが記念になるかなと、、
後でよく意味を調べて読んだ方がいいと思ったから
ジャパニーズちゃんぽん英語が通じたものか、、定かではないが。
最後は、英語訛りの日本語で「ありがとう」と言って笑顔で手を振ってくれた。
わからないからあきれて帰ったとか(笑)

ここへきて似ても似つかなかった社交的な母の血が
騒ぎ出したかと思ってる。
より身近に感じるようになる。
「居る」という感じに近い。

ただ、さすがに月曜日は休み疲れが出てる
週に一回の休み明けは少し遅めの出勤にしたらいいのに。
そうでないと若い人なんて全力で遊べない(笑)


プロフィール

CHAMOKO

Author:CHAMOKO
196○年
9月後半生まれ
初期の目的を見失い、うだうだ言ってるばかりの記事ですが
自分を客観視もできるし、不定期ながらなんかやめられなくなってる。







人と同居しているのは

サバ虎の
ねこ




まざーぐーす
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