昔からよく言われたファジーな国

何?
相撲部屋って密室のしごき部屋? 恐ろしすぎ。暴力団みたいにしか見えない時がある。
先の不祥事まではマスコミあげて
どう聞いてもどうにも丸くはならない角界を丸く収めるため
黒いものも白だと言い張っていたのにここへ来て少しだけ風向きが変わった?
風見鶏なマスコミ

悪いほうが台頭する世の中っておかしいと思う。


北朝鮮も韓国もすぐ仲直りするからすごい、さすが元は同じ民族。
そして節操という概念が最初から存在しない国、
あと慈悲とか反省、簡単な許すという概念もないのかも
色々日本にある教訓やら難しい文言、要らないから
言葉もあまり多くないのかな。

日本はあまりに文言が多すぎて混乱したのか曖昧がすぎる
「オリンピックに自分は行かず来てください」とは国際的に通らないと
政界の重鎮の方が言ってたけれど
自分の主義主張を持たず顔色伺い外交をするほうがよほど日本の昔ながらの外交方
としか、映らない。



差別はこんなに細かく世に蔓延してるのに

小さい頃を思うと何でこんな目にと言うくらい
母を亡くしてから本当に苦労した。

田舎の古い慣習と日本の男女差や年功序列、それでなくても長女次女で
差をつけられ、冷遇され、小さい頃は「何でお姉ちゃんばかりかわいがる」
直訴したこともあったくらいそれでも
父親は上を上として立てるがため、差をつけることを止めることはなかった。
母が父の出世を狙って毎夜のような宴会の席でも酔っ払いの
長女崇拝、妹よりもきれいだのなんだの、小さい頃は確かに姉はきれいだった。
比べられてはたまらない、これで酔っ払いが嫌いになり。
処世術に傾倒する人生がここから始まった感がある、「悔しさ」これは
あまり感じる子ではなかったのに身につけるべくして身につけさせられたので
それは逆に今後の生き方に影響を与えた逆境の功とでも言うべきか。

それは日本の行事、お年玉から、成人式の着物、女でも先に生まれたと、長男扱いで優遇
学校への忘れ物の届けること(弁当)私ときたらお弁当の時には母親を亡くしており
届くどころか作らねばならぬ立場だった。

母親はこんなことはしなかった、
子育ての時誰でも思う二度目の轍を踏まぬよう私の時はより厳しかったが
逆に母親の優しさを感じた、
父は一見優しい感じだが父に母親ほどの積極的な情を感じたことはなかった。

思い出として取っておいたものは全部黙って捨てられたし、
今でも扱いに対して間違っていたとは思っていないようだし、

ただし、私の時は子育てで差別するそれは極力避けたから
子の精神面で助かった部分も多かろうが
その後の弊害も少なからずあったのは否めない。
考えてあげることばかり先走り過ぎて、「考えさせること」を疎かにしたような子育てだったような
「自分の時のようなことはしない」これに尽きる、邁進してしまっていた。

ガツガツくまモン

くまモンのニセモンもついには公認になるらしい。
何となく地産地消のブランドマーク的認識だったから
ついには門戸を開いて海外進出するのだそうだ。

くまモンは中国も応援します、、、、どこでも応援します。
もう、くまモンのマークの付いた商品が熊本産を表すものでなくなるのなら
何の付加価値があるのだろう?

敢えて言うなら、くまモンが品質保証の象徴でもあるまいに
いたずらっ子のおふざけくまモン

もう、買わないかな、マークのクマでは見分けがつかない曖昧な産地になるわけだし。
ガツガツ商売っ気を出して揉み手するくまモン
似合うといえば似合うもん。

中韓を相当意識してる熊本からしたら、
本領を発揮し始めたくまモン、らしいといえばらしいのかも。
白黒つけないパンダじゃなかったのがせめてもの救い。
熊本はそんなことでニコニコホクホクしてないで地震の復興に力を入れて欲しい
消費税だけでも全部飛ぶのだから。

中国もパンダ一筋で行けば良いものを、欲張り。

静かになっていいものなのか

人生一変、この急激な変わりよう、2016年4月以降は未体験の日々

家を求めて、家を考えての日々。
世の中が、まだ先でないと実現は難しいと控えていたことを「やれ」と言って引かない。
普段の考えなら絶対にやらないこと、夫婦ともそこは同じ思い。
だいたい大きなローンを抱えたくない。

せめてあと4、5年待って欲しいところを
意外と地震のあった熊本その地で冷淡なことが着々と進んでいて
被災者の優遇措置なんてほとんどなく、大きな買い物であることには全く違いがない。
しかも建築ラッシュと来てるからまさに大忙しで、被災者に同情すべき時に
思わず笑みを漏らしたり、いつも通りの何の支障もない客への対応みたいな商談になったり

置いてきぼりを食らう被災者、でも、この地震を普通の地震と一緒にしてたら
まさに怠けていたキリギリスになる、
過去にはどうか知らないが近年では今までとは違う
津波こそなかったが前代未聞の地震だったのだから、熊本をからかうものこそまさに
キリギリス。

日本人の猫に対する感情はハードタッチに現れる

岩合さんの番組を見てる。
世界ネコ歩き、全部録画、岩合さんと猫の間には言葉以外の通じる会話があるようだ。
猫が岩合さんの歩調に合わせ道案内とかしてるのを見る。

猫が時に早足、そして区切りのいいところでちゃんと付いて来てる?
って感じで振り向く、そして「待つ」をする。
飼い猫のにゃは私に対して良くそれをしたがノラの自由猫がそれをするとは驚きだ。

良く昔 、漫画なんかで描かれていたのが魚を咥えて逃げるノラのどろぼう猫の図。
猫に対して、厳しいのだ日本は、
何故だろうと思っていたが
食卓のお皿のお魚は、人間の主なるおかずメインディッシュだったわけで、
その当時、それを盗む猫は日本に住む人間の少ない資源から考えると立派な
ライバル。

生き残る上では死活問題で、それで昔から猫に対してやることなすこと
猫の一挙手一投足(猫パンチやら後ろ足ケリケリ)に重きをおくのだと思う。

そのぶん強い思いがあるからか、猫の撫で方もすごいものがある。
海外の人が人権を尊重するように(にゃん権尊重で)
ソフトタッチなのに対して、日本人は猫を強めに撫でつけ
結構しつこく(撫で回すの方が当たってるかな)しまいには嫌がる猫を抱き上げる
猫の毛皮ごと撫で回すから顔が変形して、
つり目気味になってたりして原形をとどめてない、もう、可愛いんだかなんだか、、可愛いけど

思い入れが強すぎなんだろうなと、
可愛さ余って、、
みたいな感情も抱きやすい人種にっぽん、
猫は食卓の生存競争ライバルだったから、「昔は取られた魚返せー」追いかけ回した。
海外だと猫のために魚を釣ってあげたりしてるからすごい。

日本では猫は食卓のライバルだったから何となく猫と人は同等の存在?
で、猫に厳しくなるのではないか、、なんて勝手に考察している。




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CHAKOMOKO

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